第72話「烏合の衆」アーユルヴェーダ小説HEALERS

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 書斎に入った羽沼は面喰って、しばらく足が前に踏み出せなかった。
「これ、うちの店からの差し入れです~」
 空楽が大きなタッパーに入った惣菜を、ローテーブルの上に置いた。鶏肉と野菜の煮物のようだった。
「私は切り干し大根を持って来たわ」
 そう言ったのは、痩せたシルバーヘアの老女・大鐘。テーブルの真ん中にどんと鍋を置く。鍋ごと、持って来たらしい。
「私、みんな何もって来るか分からなかったし、スーパーでコストコ祭りやってたから、既製品持ってきちゃったわよ」
 やや背中の曲がった、ちりちりと髪にウェーブが入った中高年の女性・永井が、おっとりと言った。
「いいんじゃない?事前にどういうものって言われなかったんだから」
 大鐘は手を振りつつ、永井に耳打ちした。
「あ、杏奈ちゃん、羽沼さん」
 杏奈と羽沼が入口に立ったのに気付いた沙羅が、後ろを振り返る。
「テーブルが狭くて…同じくらいの高さのテーブル、ありませんか?」
「あ、じゃあ…」
 杏奈はちょっと考えたが、これと同じくらいの高さで、持って来られそうなテーブルというと…
「前室のテーブルを持ってくるわ」
 杏奈と羽沼のさらに後ろから、美津子が声をかけた。美津子の部屋の前室(和室)には、そこそこ大きな座卓がある。
「手伝いますよ」
 気の利く羽沼は、すぐに美津子の後に従った。
 羽沼は廊下を渡りながら、頭を掻く。
─すごい面子だな…
 思ったよりも年齢層が多様だ。おばあさんと呼べる年代の女性から、学生のような若い女性もいる。羽沼が見たことのない顔もあったし、一、二回しか会っていない人もいる。おそらくあかつきの正社員ではなく、スポット的な人員なのだろう。
 今日は親睦会という名目で集まったが、後半は長期滞在キャンペーンのプレゼン、意見交換会にするつもりだった。
─意見、まとまるのかな…
 それにしても、親睦会の日程は、出欠管理ツールを使って決めたが、こんなド平日の真昼間に決まるとは。
─みんな普段、何やってる人なんだろう。
 羽沼の頭から疑問はなくならない。
─ま、人のことは言えないか。
 今ではようやく、起業家のようなことをしているが、それまでは、たまに動画を撮って広告収入を得るだけのニートだった。
 書斎にテーブルを運ぶと、さっそく沙羅が大きなタッパーを開け、テーブルにのせた。
「私は、ポテトサラダにしました。簡単なものだし、アーユルヴェーダじゃなくてすみません…」
 ソファ席には、女性が年功序列で座った。大鐘、永井、美津子、沙羅。床に座るメンバーのために、美津子が自室から座布団を運んだ。
「これで足りる?」
「あと来てないのは…?」
 羽沼は点呼を取ろうにも、総勢何人なのか分からない。
「これで全部じゃないっすか?」
 居間から小須賀が姿を現し、ちらっと書斎を見て言った。
「永井さんの持って来たピザ、どうします?もう焼きます?」
「あれ…鞍馬がまだ来てないね」
 小須賀の問いには誰も答えず、羽沼は小須賀に背を向けたまま、スマホをいじった。
「あいつ、全部三角になってたじゃないっすか。来ないんじゃ…」
「電話してくる」
 羽沼はそう言って、離席した。
 杏奈は立ち膝になって、
「ピザは、全員そろってからにしましょうか」
 と小須賀に伝えた。
「あのミネストローネ的なスープはどうする?」
 料理をそろえ、配膳するだけでもわたわたとしている。
 ほどなく、羽沼が戻ってきた。
「鞍馬さん、今日は実家の仕事でしょうか?」
 沙羅が尋ねた。
「わかんない。でも、来させるよ」
 最後の一言は、杏奈に対して発せられた。頼りがいがあるが、やや強引だ。杏奈は、羽沼が変なところで体育会系の人なのだと感じた。
「料理、こんだけ?」
 小須賀はテーブルを見渡した。全員が取りやすいよう、いくつかの皿に盛り直したが、テーブルにはまだ空きがある。
「すみません、僕は飲み物しか持ってきてなくて」
 羽沼はぺこりと頭を下げた。
「小須賀さん。たぶん、足りると思う」
 平等に取り分けたって、少なくとも、美津子と杏奈が普段食べる分より多い量がある。
「私は大喰らいよ?」
「そんな細い体のどこに入っていくのよ」
「着痩せするタイプだけど、実際そんなに細くないのよ。下っ腹が─」
「あの~」
 小須賀が、しゃがれた声で、奥でトークを続ける永井と大鐘に声をかけた。年配のこの二人が、一番お喋りだ。
「じゃあ、あかつきの親睦会ってことで、オーナーの美津子さんから一声お願いしてもいいっすか?」
 年配の女性の話をぶった切って、場を仕切れるのは小須賀くらいなものだ。
 美津子は、ゆっくりと腰を上げた。
「みなさん、今までこういう機会を持てなくてすみません。いつもなんだかんだ、バタバタしてしまって。今日も美味しそうなお食事を持ち寄っていただいてありがとうございます。美味しくいただきながら、普段話せないことも話し合って、楽しい会にしましょう。それでは─」
 美津子の掛け声で、皆がおもむろに、グラスを持った。酒を呑む者は、もちろん一人もいないが…
「乾杯」

 普段話せないことを話し合って…とは言ったものの、席に従い四対四に分かれて、普段話す必要もない四方山話が、繰り広げられるだけだった。
「そんでもってやんなっちゃうのよ。私がシフトのことで相談してるのに、何日がこうなる予定だけどどうかって聞いてたら、しらーっとした沈黙があって、で、業務連絡終わり?って」
 永井は夫に腹を立てているようだが、喋り方は例によって淡々としている。
「こっちは相談してるのに、業務連絡って何?訊かれたことに答えるべきでしょうが」
「男なんてそんなもんよ」
 鶏肉を頬張りながら、大鐘がもごもご言った。
「うちの主人なんか、昔っから寡黙な人だったわよ。で、主人の好みもまたね、静かで寡黙な知的美人だったみたい」
「やだ。大鐘さんと全然ちがうじゃない」
「そーよ。でも私も行き遅れだったからね。やだ、こんな学識だけあって連れない男ーと思ったけど、夫婦になっても連れなくてつまんなかったわ。でもね、私の友人は、主人が昔好いてたその知的美人より、大鐘さんのほうが、主人に合ってる~って言うのよ。だって、主人とその知的美人じゃ、毎日がお葬式みたいじゃな~い?って言って」
 ソファ席の四人は、主に永井と大鐘が喋りたいことを喋り、美津子と沙羅が当たり障りのない相槌を打つ形で、会話が成り立っているらしい。
 対して、床に座布団形式の若輩組四人は、大音量でスピーチをする大鐘と永井とは対照的に、声を低くしてマイペースに喋っていた。
「なんともいえない面子だなぁ」
 小須賀が、まずあかつきの自虐ネタに入る。
「アーユルヴェーダセラピストとか、ヨガの人って言ったらもっと、無駄にキラキラした感じがあると思うんだけど、なんかあか抜けないな」
「アーユルヴェーダセラピストとヨガの人って、無駄にキラキラしてるんですか~?」
 空楽はほとんど棒読み。杏奈と羽沼は首をひねった。
「じゃー、小須賀さんはあか抜けてるんですかー?」
「おれは全然だよ。特に夜の仕事の同僚と一緒にいたら、劣等感しかない」
 小須賀にしては珍しく、控えめな物言いだった。
 杏奈は羽沼に、改めて、奥に座っている女性たちが、あかつきにとってどんな位置づけなのかを話した。
「あとで羽沼さんのことも紹介しないと」
「あかつきの動画撮ってる人なんですねー?」
 空楽は、対角線上にいる羽沼をまじまじと見やった。
「そうだよ。君は?」
「尾関です。私は、杏奈さんと小須賀さんと一緒に、料理を作ってます。勝手に手伝わせてもらってるだけですけど」
「最近では、まこもオイルの開発をしてくれてます」
 杏奈が横から補足をした。
「開発っていうほどでもないですけどー」
 空楽はハードルを上げてくれるな、とでも言いたげだ。
「今日ここに来たってことは、もうあかつきの一員ってことでしょ?」
 小須賀がそれを期待するように言った。
「持ち寄りパーティーって聞いたから、顔出してみただけですよ~」
「いや、これはなんかあるな。親睦会とか言っておいて、なんか重大な発表があるに違いない」
 杏奈と羽沼は苦笑いした。こんなところばかり勘が鋭い。
「そうなんですか?もしかして、誰かの結婚報告ですか?」
「えっ?」
 空楽の発言に目を丸くしてのけぞったのは、小須賀のほうだった。
 ピンポーン。
 呼び鈴が鳴り、杏奈が出た。
「お、来たな」
 果たして、書斎に入って来たのは鞍馬だった。羽沼が座ったまま、薄手の上着を脱いでコートハンガーにかけようとしている鞍馬を見上げた。
「わ~、無駄にキラキラしてる人だー」
 空楽は相変わらず棒読みだった。
 鞍馬が来たのを合図に、小須賀が席を立った。杏奈はそれを見てキッチンへ向かおうとしたが、小須賀は杏奈を制して、ピザを焼きにキッチンへ移動した。
「すみません、遅くなりました。鞍馬です」
 口ではすみませんと言っているが、その表情からは詫び入れるようとする気持ちは感じられない。
 手を洗ってきた鞍馬は、ビニール袋に入れた小包を、誰にともなく差し出した。杏奈が膝立になって、それを受け取った。
「…あ、温泉まんじゅう」
 パッケージを確認した杏奈がつぶやいた。
「キラキラしてる割にしぶーい」
 空楽は小須賀がいなくなっても、先ほどの話をまだひっぱる。
─はあ?
 鞍馬は眉を吊り上げた。
「デザート枠なかったんで、ちょうどいいじゃないですか!」
 沙羅はどこまでも楽天的である。
「はぁ。僕、ここでいいですか?」
 鞍馬は小須賀のいた席にあぐらをかいた。
 なんでこんなへんてこりんな連中との付き合いに参加しなければならないのだろう。鞍馬はすっぽかすつもりだったのだが、羽沼からのラインは、意外なほどしつこかった。
「どうもー、いらっしゃいませ」
 空楽は超棒読みで、鞍馬に軽く会釈する。
「はぁ…誰でしたっけ?」
 杏奈の目の前で、最年少の二人組は、素っ頓狂なやり取りを始めた。
「空楽です。お弁当作りとか、まこもオイルづくりとかで、時々ここへ」
「はぁ…ぼくはここのオーナーにスカウトされて、ヨガレッスンをしてる鞍馬です」
 鞍馬は「スカウト」の部分だけ強調した。あからさまに高飛車な態度にも、空楽は動じることなく、
「知ってます~。前にちらっとお見掛けしました」
「僕もそのメッシュ頭には見覚えが…」
 ピザを焼きに行った小須賀が書斎に戻ってきたのは、ニ十分ほど時間が経ってからだった。
 オーブン任せにしておけばよいはずだったが、小須賀はこの場にいるのが面倒臭くなって、お勝手口でスマホでも触りながらタバコを吸っていたのだろう。
 永井が持って来たというピザは予想以上の大きさだった。
「コストコだからね」
「これがコストコっていうところのピザなの?結局そのコストコってのは何なの?ファミリーレストランの一つなの?」
 永井と大鐘には、何か一つ、お題となる単語を投げておけば、BGM的に喋ってくれる。
 若者連中はピザに手が伸びるのが早かった。杏奈も滅多にありつけないジャンクフードに、しばし意識を集中して頬張った。
「ちょっと、そこ、おれの席じゃない?」
 こそこそと空楽と話している鞍馬に、小須賀が突っかかった。
「え?でも誰もここ座っちゃいけないって言ってませんでしたよ」
「なんで」
 小須賀は杏奈と羽沼に抗議の目を向けた。
「おれ、野郎に囲まれてても嬉しくないんすけど…」
「小須賀くん、こっちいらっしゃい。お姉さんたちが囲んであげるわよ」
「いきません」
 遠くで手を振る大鐘の誘いを、小須賀はぴしゃりと断った。

 食事を一通り食べ終わったところで、杏奈はお茶を淹れ直しに席を立った。沙羅と羽沼は、空いた皿やら食器をキッチンへ引き、ローテーブルにスペースを作り出した。
 三人が動き出すのを見て、美津子は改めて席を立つ。
「みなさん、業務外の時間でお集まりいただいているところ、心苦しくはあるのですが、あかつきから今後の事業展開について、お話をさせてください」
「お…」
 小須賀が、ほれみろと言わんばかりの顔をするのを、空楽は見た。
「杏奈や鞍馬さん、空楽さんは知らないと思いますが、あかつきは感染症以降、事業規模を縮小してきました」
 杏奈は急須二つと、湯呑をそれぞれの席に置きながら、美津子の話を聞く。空楽の手によって、温泉まんじゅうが配給されていく。
「でも、今また新しいスタッフが加わって、かつてのあかつきの活気を取り戻せるんじゃないかと、期待しています」
 沙羅と羽沼は、書斎にテレビを持ち込んだ。みんな、何事かとそちらに視線を向ける。
「聞こう、聞こう」
 小須賀は手を叩いて、意識を美津子に向けるよう促した。
「あかつきの使命は、ここに来たクライアントに、非日常の空間と時間を提供して、癒し、活力を取り戻して、また日常の世界で元気に力を発揮していただけるよう、サポートすることです」
 杏奈と沙羅が頷いた。大鐘と永井はお互いの様子をちらちら見ている。他のスタッフたちは、じっと美津子を見つめていた。
「より良いサービスを提供し、かつ、働いているみなさまもより活き活きとやりがいを持って働けるよう、今後の方策を考えましたので、聞いてください」
 そう言うと、美津子は沙羅と羽沼に目配せした。永井と大鐘から一旦場所を譲ってもらい、ローテーブルの一番端、書斎の最奥にテレビをセットする。それから杏奈がパソコンとケーブルを持ってきて、テレビとつなぐ。
「どうぞ、どうぞ…」
 永井と大鐘は遠慮してテレビから遠ざかる位置に陣取った。我々は関係ないからと、若い連中を前に行かせたがっているのが見え見えだ。
 ソファの奥に、杏奈と沙羅が向かい合う形で座り、その横にそれぞれ、小須賀、鞍馬が座った。それから羽沼と空楽、永井と大鐘がその後ろに向かい合って座った。美津子は、お誕生日席で、全体が後ろから見渡せる位置に座る。
 杏奈は沙羅と目を合わせ、それから目を瞑り、ふうと息を吐いた。マウスを動かしながら、杏奈は手が震えそうになるのを感じた。
「私から説明します」
 見知ったメンバーの前とはいえ、大勢のスタッフの前でプレゼンをするのは、あかつきに来て初めてのことだった。
 テレビに最初のスライドが映ると、みんなの視線がそちらに向いた。困ったような顔をしている人のイラストが映っている。
「あかつきのターゲットは、大小さまざまな心や体の不調を覚えている、三十代から六十代くらいの女性です。現代医療とは違うやり方で、健康を取り戻す習慣を身に付けたいと思っています。アーユルヴェーダやヨガの理解度・習熟度は様々ですが、あかつきとしては、知識の有無は問わず、受け入れをします」
 まれに、健康でも、もっと若々しく、活力みなぎる自分になりたくて来たという人もいるが、そういう人であっても、蓋を開けてみれば小さな不調だらけだった…ということはざらである。
 次に、手順を示すグラフィック画像が表示されたスライドが映った。
「これはあかつきが提供するサービスの全体像です」
 杏奈は一番最初の図形に、カーソルを当て、
「まず、健康に関する質問票の提出と事前コンサル。約一か月後に、あかつきへ滞在。」
 言葉とともに、カーソルを横に動かす。
「そして、滞在後に生活方針やセルフケアについての推奨事項をメールで送っています」
 杏奈と美津子以外のスタッフが関わっているのは、真ん中の図形─あかつきへ滞在─の部分だけ。
「あかつきの滞在中、クライアントが受けられるサポートを書き出すと…」
 杏奈はマウスをクリックし、次のスライドに進む。
「こんな感じになります」
 そこにはサービス内容が箇条書きにされており、それぞれ四角い枠で囲まれていた。

<体験>
・アーユルヴェーダトリートメント
・ヨガ(瞑想、プラーナヤーマ)
・自然体験(登山、季節の草花に触れる)
<学び>
・講義(アーユルヴェーダ、ヨガ哲学)
・実技(アーユルヴェーダ料理教室、オイルづくり)
<その他>
・観光(登山、足込温泉、花祭など)

「青い四角は、既に定常的に提供できているサービス、赤い四角は、今後提供できる可能性のあるサービスを示しています」
 赤枠で囲われているのは、自然体験、講義のうちヨガ哲学、実技のうちオイルづくりだった。自然体験は、登山や梅鑑賞など、今までに行ったこともあるが、定常的なサービスにはなっていない。
「鞍馬さんが来てくださったことで、ヨガの部分が大幅にグレードアップしましたね」
 沙羅がヨガの部分を指差した。鞍馬は無言のまま、腕を組んだ。
「あかつきに滞在すると、クライアントは、健康的な生活とはどのようなものか、経験をもって知ることができます」
 自分がどうなれるか。これは、クライアントにとって最も重要な関心事項である。
「アーユルヴェーダが推奨する理想的な一日の過ごし方に沿った生活をするだけでも、一つの体験になります」
 書かれてはいないが、早寝早起き、舌ゴケチェックや舌みがきなどのセルフケア、お風呂にゆっくりつかること、ストレスから離れ、生活のペースを落とすこと…これらは全部、体と心を休めることにつながる。
「あかつきの最も大きな商品は、これらの体験ができる滞在プランですが、去年の平均滞在日数は、二.一日です」
「思ったより、少ないですよね」
 沙羅が、この数字が意味することを言葉に出した。大鐘は目を閉じて首を傾げるばかりだったが…
「単発のお客さまを外せば、平均滞在日数は二.六日になります」
 それでも、少ない。
「アーユルヴェーダの毒素排出方法、パンチャカルマを行うには、最低二週間は必要だと言われています」
 インドやスリランカのアーユルヴェーダ治療院に滞在する場合は、そのくらいの滞在日数を検討するのが普通だ。
「…つまり?」
 小須賀が先を促した。
「クライアントが健康的な習慣を身につけ、心と身体の変化に気づいていただくには、滞在日数が長い方がいいんです」
 これは体組成計の項目から、数字で明らかになっていることである。
「まあ、改めて言われればそうだけど、そんなに新しい話でもないよね」
 小須賀が、静かに言った。
「滞在日数が長ければクライアントにもメリットがあるし、あかつきとしても売りが立つっていうのはみんな分かってるよ」
「はい。でも、今までこの滞在日数を上げるための施策を打てていませんでした」
 沙羅が杏奈に代わって説明をした。それはスタッフが足りていなかったからだ。
「そこで、下半期の前半に長期滞在を促す取り組みを行って、後半にその芽を摘みます」
 杏奈はカーソルを動かして、次のスライドに移る。そこには十一月のカレンダーが表示されていた。
「長期滞在キャンペーンを、十一月に開催したいと思います」

 杏奈はキャンペーンの概要について、説明を行った。投影しているスライドには、ざっくりとした案が書かれている。
 十一月の一か月の間、四泊五日以上滞在する客に対して、割引を行う。割引だけでなく、この期間に滞在するクライアントには、定常的に行っていなかったサービスをつける。
 二十日以上、二人が同時に滞在している状態を目指す。
 最大収容人数は、四人。
「ちょっと待って」
 小須賀が、杏奈の説明を止める。
「これってもう、開催することは決定?」
 杏奈に聞いてから、小須賀は美津子を振り返った。美津子は両肘を両手で覆うようにして腕を組んでいる。
「開催できない決定的な要因がない限り、開催します」
 答えたのは杏奈だった。
「開催月は、いったんたたきで十一月にしています。詳細はこれから詰めるところです」
「詳細を決めるにあたって、みなさんから意見や質問を募りたいんです」
 そのための集会なのだ。沙羅がみんなを見渡した。
「はい」
 すかさず小須賀が右手を挙げた。
「まず、最大収容人数四人って、どういうこと?」
 さっそく、一番気がかりなところを突かれた。
「相部屋可能なら、四人です。先着順で、先に入った二人が嫌といえば、四人にはなりません」
 はあ~と小須賀はため息を吐いた。
「セラピストが足りないっしょ…」
 小須賀は黙っている他の面子を見た。四人のクライアントを受け入れる場合、前提となるのは…
「永井さんにはもう、十一月はあかつき以外の仕事をするなと?」
「え?」
 自分がこの企画の戦力に数えられているとは思っていなかった永井は、いきなり自分の名前が出て面食らったし、どうしてそういう話になるのか、すぐに話が飲み込めない。
 沙羅が口を開く。
「あかつきのセラピストは今、全部の施術ができるのが美津子さん。私はだいたいといったところです。あと杏奈さんがもうすぐアビヤンガを習得予定。永井さんも、アビヤンガのみ対応可能です」
「四人受け入れても、四人同時に施術することはできないよね?」
「はい。アビヤンガ以外は」
 杏奈は次のスライドを映した。時間割を示した円グラフが、大きく表示されていた。
「四人が滞在しているという想定で、一日の流れを書いてみました」
 午前中にアビヤンガ、昼食、散歩、自由時間を挟んで、午後は施術または学びとなっている。
「アビヤンガ以外の施術は四人同時に行えないので、午後は二つに分かれるか、全員学びになります」
「もう一つの手としては、開催が十一月ですから、それまでに杏奈ちゃんと永井さんが、他の施術を習得すること─」
「待って」
 沙羅の話を、永井が途中で切った。
「その、キャンペーンっていうのには、私もあかつきのスタッフとして加わってるの?」
「加わってほしいので、永井さんには、当月の日程調整をお願いすることになります」
 杏奈が、申し訳なさそうに言った。
「永井さん、あかつきの仕事の予定は、何日までに分かっていれば、調整できそうですか?」
 今度は美津子が尋ねた。
「待って」
 永井は言いながら、今までだって、いきなり頼まれて駆り出されてたんですけど…と喉元まで言葉が出かかった。
「あの、それ以前にね、あんまりトリートメントが多いと、腰がね…」
 永井は腰に手を当てた。
「四人しかセラピストがいなくて、四人のクライアントを取るっていうのは、どうなのかしら。だって、誰かが風邪を引くかもしれないじゃない」
「四人っていうのは、本当によっぽどのケースだと思うんですけど。仮に四人来ても、さっき言ったように、施術と他のサービスで分かれることができますから」
 杏奈が別のスライドを映した。これまた円グラフに、二人ずつ分かれる場合の動きが書いてあった。
「でも、沙羅さんのお子さんだってね、風邪を引くかもしれないし…」
「欠員が出た時の補充は、私も考えておくわ」
 美津子が、杏奈と沙羅に向かって言った。
 空楽は、身を縮こませて居竦んでいた。食事会の場では、自分はここにいるのもなんとも思わなかったが、今になって、ここにいるのが場違いな気がする。いやむしろ、何か遠回しに、急き立てられているようで、空楽は何を発言していいものか分からなかった。
「設備は?」
「施術室に間仕切りを置いて、ベッドを二つおき、シャワーは順番に浴びてもらいます」
「間仕切りは、屏風っぽいものがあるんですよ。あとベッドは、あかつきにしまわれているものが一つ、私の家に一つあります」
 その他の備品は、実際に四人来ることになれば、買えばいい…というくらいの金額規模である。
「さすがに、シロダーラを四人同時にやることはないと思いますし」
 そこまでは、杏奈はまだしも、永井の教育が追い付かないだろう。
「ええ?でもちょっと待って。あと何が問題?」
 小須賀は意外にも一生懸命考えていた。というより、一番の古株だけあって、企画した三人を除けば、全体が見えて質問ができるのは小須賀くらいなのだ。
「これさ、休み取れるの?スタッフ」
 小須賀は「めくって」というように指でテレビを指し、該当のスライドで止めた。十一月のカレンダーだ。
「予約がうまくまとまって入らなかったら、どうするの?」
「そこも、臨機応変で休むしか…」
 鞍馬がふふふっと笑った。
「うちもたいがいだけど、あかつきも相当、ブラックですねぇ…」
「祝日が二回あるっしょ。家族旅行とか、いいんですか?」
 といっても、家族旅行をせがまれるような家族がいるのは、沙羅だけなのであった。
「祝日前後は、正直、一番滞在者が増える見込みです」
 平日二日休めば四泊五日が可能になる。平日フルタイムで働く会社員などは、ここを狙うだろう。
「ここを、あかつきの休業日にはできません」
「鞍馬は?どう思うの?十一月全部来られる?」
「朝ヨガはまだしも…さっきの丸いスライド見せてもらえます?」
 杏奈は、鞍馬が見たいのだろうスライドを映した。
「これ、トリートメントまたは、ヨガ、ボディーワークってなってますけど」
「はい。鞍馬さんさえお時間あれば、朝ヨガとは別に、しっかりしたボディーワークやヨガ講義を、マンツーマンまたは、一対二で行ってほしいです」
 鞍馬は目が点になっていた。
「トリートメントって結構長くね?ヨガで間がもつの?」
 小須賀が懸念事項を尋ねる。
「もたない分は、自由時間にしてもらえばいいので」
 自由時間も、割と大切な要素なのである。
「いや、というか、朝ヨガ四人は無理ですよ。場所が狭い」
 鞍馬は、自分の背後を指差した。壁を隔てて居間がある。居間が狭いという意味だろう。
「そこは、場所を貸していただけるよう、神社かお寺に交渉しようと思っています」
 と、美津子。神聖な場所でヨガを行うということにすれば、聞こえもいい。
 小須賀は、すでに裏で話が進んでいるのだと悟った。美津子は、大真面目でこのキャンペーンを遂行する気なのだ。となれば、小須賀は、実現不可の要素を潰していくしかなかった。
「あのさ、料理教室をやることもあるんだよね、ここで」
「はい」
 料理教室は、トリートメント以上に時間も稼げるし、クライアントからの要望が最も多いと思われる。
「弁当作りの日、いつだった?」
 杏奈は十一月のカレンダーに戻った。
「十一日と二十五日」
「この日は、料理教室できないよ。分かってる?」
 少なくとも午前中は。
「ですね。他のサービスで調整します」
 つまり、先ほど箇条書きで見せたサービスを、トリートメントがない時間に当てはめていくというわけだ。
「登山と自然体験は?誰の担当?」
「今のところ僕が」
 小須賀の隣で、羽沼が手を挙げた。
─こいつも、この計画にからんでたのか。
「自然体験ってなんですか?」
 空楽が訊いた。
「十一月に開催するのなら、山登りと被っちゃいますが、明神山の紅葉を見るとか、車で遠出して、紅葉を見に行くとかですかね」
「これも、他にみなさんから案があれば、教えていただきたいです」
 と、沙羅。杏奈も頷き、
「自然体験に関わらず、こんなサービスをしたら、クライアントの満足度が高くなるとか、健康度が増すとか、そういう案があったら教えてください」
 と付け加えた。
 一応、今までにない付加価値として、杏奈が今編纂中のテキストを配布すること、事前コンサル後のメールサポートを想定しているが、他にも何かないか。
「あのう…」
 空楽が遠慮気味に手を挙げた。
「サービス項目に、オイルづくりってあったんですが…」
 杏奈はスライドを、元に戻した。
「これって…」
「空楽ちゃんがよければ、セルフケア用のオイルづくりもアクティヴィティに含めたいなと…」
「はあ…」
 小須賀は額に手を当てて、うずくまるようにして考え込んだ。根本的なところで、何かひっかかっているのだが。
「滞在中の写真とかあると、喜ぶと思います」
 空楽が、前向きな案を出した。
「あかつきは映えスポット、多いし。思い出にもなるし」
「ありがとうございます」
 杏奈は議事録を取っていたが、そこにその意見を記した。写真の共有は、もともとするといいなと思っていたサービスだ。この手のことは、羽沼がいるので心強い。
「あと、農作業を手伝ってもらったり」
「いいですね」
 空楽からアイディアが上がる。
 永井は、この無茶な企画にまだドン引きしているのか、煮え切らない表情で座りつくしたまま。
「大鐘さん」
 もはや、居眠りを始めたように見えていた大鐘に、美津子が声をかけた。
「はい?」
「もし、忙しくなったら、炊事やお掃除が回らなくなると思うので、サポートお願いします」
「あら…こんなばばあにもできることがあるの?でも、大丈夫よ。集まらないから」
 そんなこと冗談めかして言えるのは、小須賀と、大鐘くらいだ。その小須賀は、渋い表情で考え込んだまま。
「…ちょっとさ、概要のスライド映してくれる?」
 杏奈は言われた通りにした。小須賀は数字を見た。自分が引っかかったのは、何かの数字な気がした。
「これ…売上予測とか、立ててるの?」
「はい。ざっくりですが」
「利益も?」
「はい」
 それで、小須賀は言おうと思っていたことを思い出した。
「あのさ、最大四人取るっていうのは…なんのため?」
 美津子は唇を結んだ。いい質問をする。
「あかつきとしては、利益が上がるのかもしれないけど、四人いっぺんに取ると、スタッフの負担も増えるし、どっちみち、講義を二回に分けてやったりするんでしょ?そんなに効率的とも思えないんだけど」
「そうですね。むしろ、組み合わせを考えないといけなくて、効率は落ちるかもしれません」
「でしょ?リスクもあんじゃん」
 小須賀はジェスチャーをつけて、身を乗り出しながらしゃべった。
「それに、何より、クライアントのメリットが分からない」
 そこが、要点だ。
「これ、相部屋の割引とかあるんだよね」
「はい」
「クライアントのメリットって、それくらいしか考えられないんだけど。気の合う人と一緒の部屋になるとも限らないし、トラブルとか盗難の可能性も出るし、少人数で、手厚いサービスを受けたいじゃん」
 小須賀はそう言ったが、誰も同調しないので、急に不安になった。
「え?違います?」
 誰もそれに応えなかったが、
「小須賀さんのおっしゃることも分かりますよ。その通りだと思います」
 沙羅がフォローを入れた。
「四人まで取りたいという、理由ですが…」
 杏奈が静かに切り出した。
「これは、長期滞在を勧める理由でもあるんですが…その…人は、いつもと同じ場所で、自分を管理してくれる人が誰もいないっていう状況で、行動を変えるのが、難しいと思うんです」
 それは、寛子のコンサルを担当する中で、杏奈が思ったことである。
「滞在の前後で、推奨事項を心がけてくださいねって言うんですけど…実際、できない人もいるんです。だから、どんなにここのサポートを厚くしても」
 杏奈は、さらに前のスライドに戻って、手順を示す図形のうち、滞在前後を指した。
「結局は、この真ん中の滞在中に、クライアントがどのくらい気づきを得られるかが、勝負なんです」
 杏奈は真ん中の図形を、カーソルでぐるりと一周なぞった。
「そして、この滞在中に、自分以外に滞在する仲間がいたほうが、モチベーションが上がりますし、クライアントが、他のクライアントから学べることも多いと思うんです」
 それは、杏奈がこの一年、いろんなクライアントの姿を見てきて、思ったことである。
「何人がちょうどいいのかは、分かりません。もしかしたら、二人でも十分なのかも。でも、多ければ、それだけシェアできる経験のバリエーションも数も増えますし、気の合う人が見つかるかもしれない」
 こればっかりは、その時集まったメンバーにもよるが。
「クライアント同士で、スタッフには話せない悩みを共有し合ったり、他者の質問から学んだり、あの人がこれだけ綺麗になったんだから、私も…っていう希望を持てたり。それから、あかつきに滞在している間は、間食もできなくてつらいけど、みんな頑張ってるから、私も頑張ろうって思えたり…」
「私も、複数人クライアントがいることの、精神面でのメリットは必ずあると思います」
 沙羅がまた、助け船を出した。
「事前にそれを伝えることで、そういう見方ができるようになるんじゃないでしょうか」
「四人にする、クライアントのメリットがあればいいんですけど…」
 小須賀は、頭ごなしに四人になるのを否定したいのではなかった。
「ほか、どうですか…」
 追加の質問を促したが、みんな聞くのに疲れたのか、黙りこくっている。
「詳細は、今後詰めていきますし、個別に相談させていただくこともあると思います。今日は、十一月にこういうことをやろうとしてるっていう、認識だけ、お願いします」
 ふう、と隣で小須賀がため息をつくのが聞えた。杏奈がセラピストや講師となる場合、キッチン周りのことは小須賀に回ってくる。予定を開けておかなければならない。
「あ、ちょっと待ってください」
 もぞもぞと身動きし始めたスタッフに、羽沼が声をかけた。
「今日は、これとは別に…いや、これに関してなんですけど、もう一件、別の施策を考えていて、それについても相談があります」
 
「すみません…もう少し辛抱してください」
 まだ話が続くのか、というスタッフからの痛い視線を浴びつつ、杏奈はスライドを先へ進めた。
「えっと、先ほどは、クライアントが関わる部分の、サービスの手順を映しました」
 杏奈は同じスライドをもう一度映した。
「でも、実はこの前に、あかつきとしては大事な仕事内容があります。それは…」
 誰かが答えを言うかと思ったが、誰も言わなかった。
「集客です」
 仕方なく、杏奈は自分で答えた。
「今回、このキャンペーンを打つ前に、このキャンペーンの潜在顧客の興味を引くための、別の施策を打ちます」
 もはや、聴衆はかなりご清聴に徹しているので、杏奈はさくさくと説明を続ける。
「それが、オンラインキッチャリークレンズです」
 大鐘は、そこでがっくんと頭が下がった。ついに、寝たらしい。
「あかつきの疑似体験をしてもらいます」
 杏奈はキッチャリークレンズについて端的に説明した。一日一回、食事をキッチャリーに置き換えるだけのゆるやかなクレンジング方法。その期間中、食事を置き換えるだけでなく、アーユルヴェーダに則した生活習慣をするよう促す。ヨガのレッスンや、アーユルヴェーダやヨガの目線での心の整え方、セルフケアの方法、料理教室など、オンラインレッスンも充実させる。
「家にいながら、あかつきで体験できるサービスの一部を、体感してもらいます」
 それで、もっとサポートを受けたいと思った人を、キャンペーンに誘導する、という流れだ。
「期間は、七月から八月にかけてを想定しています」
「オンラインキッチャリークレンズの運用に関わるのは、杏奈ちゃん、美津子さん、私、鞍馬さん。もしかしたら、小須賀さんにも関わってもらうかもしれません」
 沙羅が名を呼ぶと、
「え」
 と小須賀の身体が動いた。
「特にヨガレッスンは、重要だと思いますので、鞍馬さん、オンラインレッスンできそうな日時を、個別に相談させてください」
「一応聞いておきますけど、これ…無報酬じゃないですよね?」
 鞍馬は後ろを振り返った。
「ええ。キッチャリークレンズとキャンペーンで、たくさん稼いでください」
 いやらしく聞こえない穏やかさで、美津子は答えた。
「キッチャリークレンズに関わるスタッフは、当日、しっかりと対応をお願いします」
 ここで素晴らしいサービスだと印象付けることで、滞在につながりやすくなる。
 キッチャリークレンズの告知は、インスタやホームページで行う。その後、クローズドメディアであるラインに人を集め、オンラインレッスンの庶務連絡は、ラインで行う。この集客の導線を、杏奈は簡単に説明した。
「クレンズに講師としては関わらないみなさんも、積極的に告知のシェアをお願いします」
 杏奈は空楽や、永井、大鐘の方を見て、重ねてお願いをした。
 何やら、一大企画と、その前座の企画が遂行されようとしている。しかし、企画を聞いたスタッフたちは、まだその規模感や負荷の予想がつかず、イメージするのがやっと、というところだった。
「みなさん」
 説明を杏奈と沙羅に任せていた美津子が、大鐘を優しく揺り動かしながら、一人一人の顔を見やった。
 大鐘は「は…」と言いながら、顔を左右に振った。目を覚ましたようだ。
「みなさん、私は、この十余年間、あかつきの運営に尽力してきました」
 美津子は、亡き母の存在と、その不在が自分に与えた影響、おざなりにした感情に向き合う術を探している途上で、アーユルヴェーダを知った。
「私なりの方法で、クライアントの悪しき習慣や、凝り固まった感情、思考の癖を、どのように改め、その人が自分の道を歩めるよう手助けができるか、考えてきました」
 美津子個人で模索したその方法を、あかつきの事業として、チームで提供するようになった。
「残念ながら、全ての人に、その人が得たかったものを届けられたわけではありません」
 美津子の力量が足りなかったのか、力量を発揮するほどの情熱を傾けられなかったのか、相手のやる気の問題か。結果を左右する要素は無限にあり、美津子の力ではどうにもできないものもあった。
「けれど、相手が得たいものを得た時というのは、いつも、私が相手に対し、本気で臨んだ時です」
 芸術家が本気にならない時、芸術作品は生まれない。
「私は幸運にも、何人かの人が、目の前で変わっていく姿を見てきました」
 美津子は順番に一人ひとりの目を見ながら、美津子らしい温和さで話した。
「そこで、気付いたんです」
 美津子は、口元に微笑を湛えた。
「人の人生を変えると、自分の人生が変わる。人を癒すことで、自分も癒される」
 この意味が、何人のスタッフに伝わるだろうか。
「私はみなさんの中で一人でも、あかつきでの仕事を通して、良い変化を得られれば…と思っています」
 杏奈は師のキラキラとした瞳を見ながら、心の中では希望の火を燃やしていた。一年前、ここを訪れた時には消えかけていた、生きる力。
「はい」
 杏奈が、いつになく鮮明な声で返事をした。続いて沙羅が、小須賀が、「はい」と返事をする。他のメンバーも、おもむろにこくこくと頷き合った。
「あのう」
 縮こまっていた空楽も、今は体の力も表情も緩めて、いつもの気楽さで、杏奈に訊いた。
「プロジェクト名とかないんすか?」
 いきなり予想外の質問をされて、
「え?…えーと、えーと」
 杏奈は目を白黒させた。考えたこともなかったが、自分が考えることなのだろうか?
 美津子を見、みんなを見たが、その視線が自分に集中しているのに気付いて、杏奈はさらに焦った。
「あ、あかつき大作戦…?」
 やっと口から出た言葉が、それだった。
「だっ…」
 せー、と続くのを小須賀は無理やり抑えた。
「うわ~、キラキラ~」
 空楽のコメントは、無邪気な嫌味である。
「プロジェクトAは?」
 急に大鐘が会話に入ってきた。
「ぷろえー」
 空楽が無駄に略す。
「略しても微妙…」
 鞍馬は項垂れた。
「プランA」
「フォーメーションA」
「思いついた横文字を並べるなっ」
 誰彼の口からランダムに思いつきと突っ込みが飛んだ。最後の最後で、とんだ茶番となってしまった。
 美津子は寄せ集めたあかつきのスタッフたちを見て、ふふふと笑った。
「それじゃあみなさん、あかつき大作戦に向けて、一緒に頑張りましょう」

 

 


 

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