「お疲れさまでした」
ヨガスタジオの入り口に立って、鞍馬は会員一人ひとりに声をかける。
定期的に通う会員が多いが、久しぶりに見る顔もある。鞍馬はそういう人たちにも、努めて声をかけるようにしている。
「鞍馬くん、トレーニングのサポートもやってるんだって?」
中年の女性会員が、にこにこと親し気な笑みを浮かべて、鞍馬に話しかけた。
「ええ。トレーナーが一人辞めちゃったんで、新しい人が入るまでのつなぎですけど」
「そう。どうりで、ちょっと体格がよくなったんじゃない?」
「そうですか?」
鞍馬は水色のヨガウェアの上から、自分の肩先を手でなぞった。指導するにあたって、当然自分もマシーンを使ってトレーニングをする。
「そういえば、最近、このあたりの張りが違ってきたかも…」
「いやーん。ますますいい男になるわね」
女性は恥じらうことなくそう言うと、「じゃあね」と言ってスタジオを出て行った。
誰もいなくなると、扉を閉め、スタジオの中を清掃する。
正面の壁は全面が鏡張りになっていて、掃除をする自分の姿が足先から頭のてっぺんまで映る。鏡の中の自分に、鞍馬はにやりと微笑んだ。掃除道具はいつか床に置き、自分の顔を見たまま、鏡に近寄り、そのまま自分の顔をまじまじと見つめる。
顎が尖った細面の顔は、色が白く、肌はきめ細かい。大きく形の良い目、くっきりとした二重瞼、長いまつ毛、鼻筋が通って、唇が薄い。眉は太くて凛々しい。髪は長髪と言えるほどではないが、少し長めに整え、前髪をセンター分けにしている。
鞍馬がヨガインストラクターとしてジムの面接に来た時、スタッフたちは衝撃を受けていた。
─どっちだ!?
失礼ながら、性別はどっちですかと、何回聞かれたか分からない。
─男です。
と答えると、男性スタッフの中には、
─かわいいな、お前。
と、ちょっと困り顔でつぶやく者さえいて、鞍馬はある意味警戒心を抱いたものだ。
実家である湯の花温泉旅館の閑散期を中心に、このジムでヨガを教えるようになると、会員たちもざわつき始めた。
端正で中性的なルックス。声のトーンも高いので、
─性別が分からなさすぎる!
─性別どっち?
と、鞍馬以外のスタッフに問いただす者が多かったという。
─性別を超えた美しさを解き放っておられる…
─神々しい…
─本当にお顔が綺麗すぎます…!
いつしか、鞍馬の取り巻きができたほどだ。
鞍馬は角度を変えて、自分の顔を観察し、自分の美貌にため息をついた。
ふと肩先を見ると、やはり少しティーシャツが突っ張っている。筋トレに身を入れ出したら、ほどなくして筋肉がついた。先ほどの女性のように、そのことにときめいてくれる人もいるだろうけれど、鞍馬は体をどこまで鍛えるべきか決めかねていた。中性的な顔立ちに合うように、たおやかな体を保つか。それとも、ギャップを狙って、筋肉をつけるか。自分の好きなファッションを楽しむなら、前者がいいと思うのだが。
スタッフ用の更衣室に入ろうとフロントの前を通り過ぎると、そこにいたスタッフが、
「鞍馬さん。新しいトレーナーが決まりましたよ」
と鞍馬に知らせた。
「本当ですか」
鍛えて筋肉をつけるべきか悩む間もなく、トレーナー業務は終わりを告げるのか。
「今ジムエリアにいるはずですよ」
鞍馬は頷き、挨拶のためジムに向かった。
時間帯もあってか、ジムには女性客の姿が多い。
ジムエリアの隅に、スタッフ用のトレーニング着を身に着けた、しかし見知らぬ顔の男がいるのを見つけた。レッグプレスに座って、先輩トレーナーと何か話をしている。
「あ、鞍馬くん」
鞍馬が近寄ったことに気が付いて、先輩が名前を呼んだ。新入りらしき男はフットプレートから足を降ろし、立ち上がった。日に焼けた顔は「普通」だが、体格が良く、背が高い。
「こんにちは、佐久間です」
男は爽やかに挨拶をした。
「この人が鞍馬さん…」
他のスタッフから聞いたのか、SNSで見たのか、鞍馬の噂は知っていたのだろう。佐久間は有名人に会ったかのように、目をきらきらと輝かせた。
「噂に聞いてた通りっす。美しさが性別という限界超えてます!」
語彙力がちょっとおかしい。
─アホなのか?
鞍馬は愛想笑いというか、苦笑を浮かべた。
それぞれ、短い自己紹介を交わした。見た目的にはずい分大人びて見えるが、佐久間は鞍馬より一つ年下の、二十二歳だという。
佐久間は鞍馬をまじまじと見おろしながら、最初は、真面目に話していた。しかし、だんだんとその笑いがニヤニヤと意味深なものになっているのに気付いて、
「どうかした?」
「いや…噂に聞いてた通り…女性みたいに小柄な方だなと思って」
一瞬、鞍馬の目元の筋肉が痙攣した。佐久間はニヤニヤを隠すことなく、鞍馬を見おろしている。
「何か問題ある?」
鞍馬は澄まし顔で尋ねたが、片方の眉が吊り上がっている。幾分声が尖ってしまったことを、ごまかそうとはしなかった。
「え…?いや、別に…」
佐久間は鞍馬の剣幕にひるみ、曖昧な答え方をした。
そして後日、鞍馬は佐久間と他のスタッフが更衣室で話しているところを盗み聞きした。
「あのビジュアルは、ヨガイントラならもてはやされるでしょうけど、トレーナーとしては微妙ですねぇ…」
聞き捨てならないことを言っている。
─生意気な奴。
しかし、もともといるスタッフも、佐久間の意見を否定しなかった。
前のスタッフが抜け、この新入りがくるまでの間、鞍馬はトレーナーとしてサポートに入った。
女性の会員は、鞍馬がトレーナーだと安心すると言った。鞍馬は身長が低く、体がごつくなく、顔が端正で中性的なこともあって、威圧感を与えないのだ。
しかし、そういう女性会員たちも、筋トレに慣れてくると、体格の良いトレーナーのサポートを望むようになった。筋肉質な男性トレーナーに慣れて抵抗がなくなり、むしろ興味が湧いたのだろう。
男性会員ならなおさら、すでに自分の身体で結果が出ることを証明している、筋肉質なトレーナーを求める。
「顔はいいけど、男はやっぱり身長がなくっちゃ」
佐久間は、鞍馬が立ち聞きしているとも知らず、ぬけぬけとそう言った。
「ジムに必要なのは、顔がいいトレーナーじゃなくて、身体がいいトレーナーっすよ」
佐久間がそう言ったのは、幾分、鞍馬への劣等感があったからなのかもしれない。
「顔は変えられないけど、身体は変えられるってことに、希望を抱かせるのが大切ですよね」
佐久間はへらへらと笑った。
「あ、身体は変えられるっていっても、身長だけは変えられないか!」
完全に頭に来た。もう少しの所で、更衣室のロッカーを蹴り飛ばすところだった。
が、鞍馬はなんとか抑えて、ヨガスタジオに入って、呼吸を整えた。
普段、年上が相手であっても、物怖じせず伝えたいことは伝えるはっきりした性格で、物事に動じない鞍馬だったが、この時は、ひどく動揺していた。
─身長が低い。
それは、鞍馬の最大のコンプレックスだった。
鞍馬はバイクを自宅の裏に停めると、荒々しくヘルメットを脱いだ。サラサラと髪が揺れ、前髪が目元にかかる。鞍馬はその前髪をはねのけることもしないで、バイクの横に立ったまま、もう一度呼吸を整えた。
自宅は湯の花温泉旅館の敷地内に別棟のような形で建てられており、お客さまからお呼びがかかれば一分以内に対応できる。家の造りも純和風である。
鞍馬が二階の自分の部屋に上がるため階段へ直行すると、居間でくつろいでいた義兄の芳紀が、ソファから体を起こした。
「お、帰ったのかい」
「お義兄さん…暇ですか」
「人聞きの悪い」
気の優しい芳紀は、慌てて居ずまいを正し、鞍馬に向き直った。
「相変わらず、黒い革ジャンがよく似合うね」
やや小太りな芳紀には、絶対に合わない代物だ。と、鞍馬は思ったが、もちろん言わないでおく。
鞍馬はファッションには強いこだわりがあった。その容貌に反し、かわいいよりかっこいいのが好き。装飾がたくさんついている派手なもの、中性的なもの、個性的なものが好きだった。
ヨガもそうだが、自分の好きな事柄に関しては、人がなんと言おうが譲れない。
鞍馬の部屋は和室で、雑多な物で溢れ返っていた。小さなローテーブルには、本や書類がいくつか置かれている。
革ジャンを脱ぎ、ハンガーにかける。その下に着ている、光沢のある明るいブルーのシャツは、鞍馬の色の白さをよく引き立てる。
鞍馬はスタンドミラーに移る自分の姿を見た。顔のビジュアルは申し分ない。
─これで背が高かったら…
いつもそこに固執してしまう。
鞍馬の最大の悩みは、身長の低さである。百六十二センチ。
母は中くらいの背丈だが、父は、背が低い。自分の背が低いのは、遺伝だろう。そう思うと、鞍馬はもっと若い頃などは、父親を恨めしく思うこともあったものだ。
─まだまだだな。アンナマヤ・コーシャに囚われているようじゃ。
ヨガでは、人間の体の構造はコーシャ(鞘・koshas)と呼ばれる、異なった体の層で成り立つと考えられている。それらの層は、粗大なレベルから、より微細なレベルへとつながる。
アンナマヤ・コーシャ(annamaya kosha)は食物鞘と呼ばれる。目にみえる、最もわかりやすい層、つまり骨や肉で出来た肉体のことだ。
ここの部分に執着があるようでは、いつまで経っても最も微細な鞘─アナンダマヤ・コーシャ(Anandamaya kosha:至福鞘、原因体)へは、アクセスできない。
ヨガ哲学はあまり得意ではない。しかし、この教えを知った時、自分はかなり最初の段階で留まっているのだということに衝撃を受けた。それで、ひどく印象に残っている。
鞍馬は、大学二年生の頃からヨガを始めた。当時の彼女がヨガをしていて、一緒にやっていたら、周りの人から「うまい」「柔らかい」などとちやほやされ、いい気分になった。
結局、その彼女とは別れてしまったけれど、ヨガとは別れなかった。
直に、「どうしたらそんなに美しいポーズが取れるのか、教えてほしい」と周りから請われ、教えているうちに、インストラクターに適性があることが分かった。大学近隣のヨガスタジオでバイトを始めると、すぐに人気が出た。
─ヨガは自分を輝かせてくれるもの。
鞍馬はいつしか、自分が輝いている様子を周りに見せることに、貪欲になった。それは低身長ゆえに引け目を感じてきた鞍馬の、「周りを見返したい」という自己承認欲求が根本にある。
トトトト…。
軽快に階段を上がる音がして、鞍馬は鏡を凝視するのを止め、適当に体裁を取り繕った。
「帰ってるの?」
姉の声がする。返事をする前に、ガラッと襖が開いた。
姉の希歩は着物姿で、きっちりと髪を結っている。
「ちょっと。帰ってるんだったらこっちの仕事も手伝いなさいよ」
「今帰って来たばっかりだよ」
希歩も鞍馬と同じく、凛々しい眉を持っていて、割と美人な分類に入る。が、鞍馬が気に入らないのは、この姉は、身長が低くないことだった。自分より、二、三センチ、背が高い。女性にしては背が高い方だろう。
─こっちに十センチでもよこせよ。
鞍馬は何度そう思ったことか。
「ねえ、あんた若旦那の取材受けたら?」
「は?」
姉はずかずかと部屋に入ると、畳の上に膝をつき、手に持っていた雑誌をぽんと畳に置いた。
「若旦那」は、新城市にある温泉宿が、共同で出しているフリーペーパー。若旦那同士をコラボさせ、動画や地域誌などで宣伝をし、人を呼ぼうというのだ。これを持参した客には、割引を利かせたり、特典をつけたりする。
「ふん」
鞍馬は鼻で笑った。
若旦那、というと聞こえはいいのかもしれないが、実際そこに載っている人たちは鞍馬から言わせれば「おじさん」である。
「お義兄さんのほうが適任だよ」
「あんたねぇ…」
─外ヅラと外見はいいけど、中身が黒いんだから…!
弟のつっけんどんな物言いに、イラっとしたが、この姉はこの姉で、鞍馬の言うことが、分からなくもないのであった…
六月中旬。
鞍馬は早朝にあかつきへ向かった。クライアントにヨガレッスンをするためである。
あかつきの母屋の中に入ると、鞍馬は、心なしかほっとしている自分に気が付いた。
─男はやっぱり身長がなくっちゃ。
ここには、そんなことを言ってくる者はいない。傷つけられることはないという安心感があった。
が、それだけではない。
あかつきには、何か、混じり気のない、純粋な空気が循環しているように思える。それを、アーユルヴェーダの言葉では、なんといったか…
「鞍馬さん」
あかつきのオーナー・美津子は、応接間からホールにわざわざ足を運び、鞍馬を出迎えた。
「今日もお願いね」
雇用主ではあるが、どのスタッフにも優しく、温かいまなざしを向ける美津子。あかつきの雰囲気は、美津子が作り出しているものなのだと、鞍馬は思った。
ヨガレッスンの後、鞍馬はキッチンで朝食を摂った。なぜキッチンで…なのかというと、応接間にはクライアントがいるからだ。
あかつきのスタッフは、時々クライアントと一緒に食事を摂るらしいが、鞍馬は気が進まない。せっかくの食事の時間に、余計な気を遣わないといけないではないか。
「鞍馬さん、とうもろこしミルクティー飲みますか?」
突然、杏奈にそんなことを尋ねられて、鞍馬はむせた。食べていたのは飲み下しやすいお粥だというのに、変なところに当たってしまったのだろうか。
「なん…なんですか?コーンポタージュ?」
「とうもろこしミルクティーです…紅茶は使いませんが」
変テコなことを言う。そんな変わった飲み物、鞍馬はご免だった。
「いいです…お腹いっぱいになってきちゃった」
鞍馬は一応理由をつけて断った。
「そうですか…」
杏奈は取っておいたとうもろこしの皮を手に取り、しげしげと見やった。
「冷凍しておこうかな…」
「それ、何に使うんです?」
冷凍して取っておくほど、使い道があるように思えないのだが。
「これをトースターで炙ると、いい香りが出て、それをとうもろこしの芯と一緒に、水や牛乳で抽出すれば、紅茶っぽくなるんですよ」
つまり、鞍馬が飲まされようとしていたのは、とうもろこしの皮と芯を使ったお茶だったようだ。
─そんな廃材を…
鞍馬は呆れ顔で、
「そこまでして、実じゃない部分を使わなくても…」
「とうもろこしって、余すところなく使えるんですよ」
それの何がそんなに心躍るのか、鞍馬には分からないが、杏奈は感心したような、それ以上に尊敬するようなまなざしをとうもろこしの葉っぱに向けた。
杏奈曰く、とうもろこしはこの時期におすすめの食材。利尿作用があり、余分な水分を出すので、じめじめしたこの季節、むくみを覚えている人には特に良い。実の部分は、適切に消化するためによく噛むことが必要だが、適切に消化されれば、胃腸のはたらきを整える。食物の消化吸収力も高まり、疲れが取れない時にも良い。
「とうもろこしのヒゲも、体内の水分を調整して、むくみを改善する効果が期待されてるんですよ」
漢方にも使われているほどである。
「へえ…ヒゲは何に使うんです?」
「天ぷらとか…」
「あかつきの人たちは、食べなさそうですね」
「うーん…鞍馬さん、持って帰ります?」
「結構です」
鞍馬にはっきり断られると、杏奈は目を細めて、とうもろこしの廃材と向き合った。しばしどう使おうか考えていたが、やがてラップにくるみ、冷凍した。
─変わり者のアーユルヴェーダオタク。
小須賀がそう評していたこの女がどういう人間なのか、鞍馬は、未だに掴めない。
あかつきでは、美津子以外に唯一、クライアントのコンサルテーションを行っているスタッフ。リーダーシップのある切れ者かと思いきや、「おっとりした女性」という当初からの印象は、未だに覆されない。
アーユルヴェーダの教えに忠実で、笑ってしまいそうな綺麗事や理想論を、さも当然というような顔をして並び立てられるところなどは、鞍馬は少し苦手だった。
─優等生であることは間違いないのだが。
真面目すぎて、付き合いにくい。
「ごちそうさまでした」
今も、そう言って鞍馬が立ち上がると、杏奈は近寄って来て、
「下げますから。少し座っていてください」
と、皿を片付けようとするのを制した。アーユルヴェーダでは、血液を胃の方へ流すために、食後五分から十分は座っているべきと言っているらしい。またアーユルヴェーダの理屈を言われて、鞍馬は「はぁ…」としか言葉が出ない。
と同時に、鞍馬は少し驚いていた。今までにも感じたことだが、杏奈は背が低い。こうして並んで立つと、自分との身長差が浮き彫りになる。
鞍馬は年上の女性が好みだった。自分とこれだけ身長差が出る人も珍しいので、杏奈がハキハキした性格で、大人らしい見た目だったら、ちょっと口説いていたかもしれない。
しかし、杏奈は鞍馬のストライクゾーンからズレていた。年上だけれども、背が低く顔立ちが幼いためか、お姉さんっぽさがないし、性格もお姉さん気質とは程遠い。
それでも、やはり自分より小さい女性というのは、素直に可愛らしく思える。
「…杏奈さんって、SDスコアマイナス2、ってところでしたか?」
「え?」
杏奈は目を丸くして、鞍馬を見上げた。
なんのことか分からない、と言いたげな杏奈の表情を見て、
─意識したことがないのか。
と、鞍馬は察した。
「身長ですよ」
子供の身長が、同じ年齢の子供と比べてどれくらい高いか、低いかを、平均値からSDの何倍離れているかによってあらわす方法がSDスコアである。SD(Standard Deviationは)とは標準偏差であり、データや確率変数の、平均値からの散らばり具合(ばらつき)を表す指標の一つ。
「子供の頃、背の順で整列させられると、だいたい一、二番目じゃなかったですか?」
「…ああ。そうでしたね」
杏奈は懐かしいとばかりに、口元を綻ばせた。
─なぜ笑う。
鞍馬は、しかし、杏奈は女性だから、身長の低さに悩んだことがほとんどないのだろうと察した。
「それをSDスコア…って言うんですか?」
鞍馬は、話す気が失せた。ふう、と息を吐いて、折り畳み椅子に座る。
「いいですね、女性は」
鞍馬は吐き捨てるように言った。杏奈は背後のシンクで、皿を水につけた。
「低身長でも、特に気にする必要がなくて」
杏奈は目をぱちぱちさせて、鞍馬の後ろ姿を眺める。
「鞍馬さんは、気にされているんですか?」
─当たり前だろ。
鞍馬は目を細めて、横目で杏奈を見る。
「身長が低くて、今までいっぱい苦労してきましたよ」
「…どんな?」
「まず、同級生からなめられる」
杏奈はタオルで手を拭きながら、鞍馬の顔が見られる位置まで移動した。
「スポーツは不利、服は合わない、恋愛対象として見られにくい」
鞍馬は、至極真面目に言ったが、杏奈は笑ってしまった。
「鞍馬さんは、すごく綺麗にポーズを決めるし、服もちゃんとしているし…女の子から人気がありそうじゃないですか」
フォローしているつもりなのだろうが、鞍馬はイラっとした。
それは鞍馬が、身長が低いというビハインドを感じているからこそ、人一倍努力して、つかみ取った結果なのである。
「それに…私は身長で、男の人を選んだことはありません」
自分のことを言うのはおこがましいかもしれないが…杏奈は少し遠慮がちに、顔を伏せた。
「それはね…杏奈さんは、自分より背が低い男性をほとんど見たことはないでしょう?」
そう言われると、杏奈は口を閉ざしてしまう。
けれど、別に杏奈は鞍馬を慰めようとして、そんなことを言ったのではなかった。
尾形のことを思い出していた。尾形も、身長が低かった。本人もそれをコンプレックスだと言っていたけれど、杏奈はその身長の低さが気になったことは、本当に一度もない。誰よりも仕事に一生懸命で、仲間思いで、包み込むような温かさと優しさをもった男性だった。身長の高い同僚と並んで立ったって、尾形の方が劣っているなどと、考えたこともない。
ふいに尾形の影がちらついて、杏奈はかぶりを振った。そんな杏奈を、鞍馬は訝しそうに見やった。
「でも、男の人のかっこよさって、身長だけで決まるわけじゃないですよ」
生やさしい言葉に、鞍馬は逆にイライラしてしまう。
哀れみなど…余計自分がみじめになるだけだ。
鞍馬は腕組をし、足を組んだ。
「もう、いいですこの話は。それより、そのとうもろこしミルクティーってやつ作ってもらえますか?」
希歩や芳紀への土産話にでもしようと、鞍馬は考え直した。
「あー、さっきはそう思ったんですが」
杏奈はたじろいだ様子で、鞍馬の顔を見た。
「アーユルヴェーダでは、牛乳は食後すぐに飲むべしとは言っていないんで、別のタイミングにしましょうか」
「つい、さっき、たった今!自分から言い出したくせに、もう撤回するんですか!?」
杏奈は申し訳なさそうに笑った。
せっかくちょっと歩み寄ったつもりだったのに。
─やーっぱりこの人、なんか苦手。
鞍馬はその確信を強めた。
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