不貪(アパリグラハ)と不盗(アスティーヤ)│実例で読み解くヨガ哲学

ヤマ ブログ

ヨガの経典「ヨーガ・スートラ」には、“八支則(はっしそく)=解脱への8つのステップ”が書かれています。

その中に最初に出てくる「ヤマ」には、日常生活の指針が説かれており、現代の私達が生きる上でのヒントがたくさん詰まっています。

本稿では、生活の中で見つけた「ヤマ」の実例をご紹介します。

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八支則の最初のステップ「ヤマ」

八支則の中で、もっとも基本となる一番目の項目が「ヤマ(日々の中でしてはいけない5つのこと)」です。

社会生活をする上で、人とのつながりの中でどう生きていくとよいのか、という道徳的な教えを説いています。

5つの「ヤマ」

  1. アヒンサー(非暴力)
    すべての物を慈しみ、誰も、何も、自分も傷つけない
  2. サティヤ(不嘘・誠実)
    自分をあざむかない。誠実に、純粋になっていく
  3. アスティヤ(不盗)
    欲望から、無知から、あらゆるもの・ことを盗まない
  4. ブラフマチャリヤ(不過渡・禁欲)
    何ごとも「し過ぎない」「溺れない」
  5. アパリグラハ(不貪)
    本当に必要なもの、量だけを所有し、「もっと」とむさぼらない

以上、八支則のヤマについて、概要をご紹介しました。

以下では、日常の中で「これはヤマの実践である」と思ったことについてご紹介します。

それぞれ、上記5つのヤマのうち、どれに当たるか、考えてみてください。

生活の中でのヤマの実践例

①ケーキ選びの例

とある生徒様が、ご自身のお嬢様について、このようなお話をされていました。

人のことを考えすぎて、かわいそうな子なんです。

先日も、何かの集まりでケーキを買ってきて食べたそうなんですが、

自分が好きなケーキがあったとしても、

相手の好みとかぶっているって分かっていたから、

違うのを選んだっていうんですよ。

私だったら選んでいいよって言われたら喜んで好きなものを選ぶのに、

それができないんだよね。

相手の嗜好を察知して自分が遠慮する。

家族が多い、または兄弟姉妹が多い家庭で身につけるチャンスが多いにある社会性ですね。

これを友達や、自分より年下も人に対して行ったというのが、上記の例です。

ケーキ

自分が一番好みのケーキにありつけなかったという意味では、

「損」「かわいそう」ですね。

ただ、このエピソードのポイントは、これを話した生徒様(お母さん)が、お嬢様のことを

「本当に損をしたと思っていない」

「本当にかわいそうだと思ってはいない」

ということです。

むしろ感心しているからこそ、人に話せたわけですよね。

私もこの話を聞いて、優しいお嬢様だと思いました。

このお嬢様の行動は、上記のヤマのどの項目に当てはまるでしょうか。

さて、もう一つの例をご紹介します。

②フルーツポンチの例

次に挙げる例は、私が小学校4年生の時、「料理クラブ」で実際に体験した例です。

料理クラブでは4~6年生の児童が5~6人のグループとなって、

テーマとなっている料理(主におやつ)を作りました。

ある時、フルーツポンチを作り、一番年下だった私が、つけ分けたものから自分の分を最初に選ぶのを許されました。

盛り付け量に極端な差はなかったものの、私は一番少なそうなものを選びました。

料理クラブの先生が偶然にも担任の先生で、

この時の私の行動を褒め、後々までとても評価してくれました。

自分の例なのであまり誇らしげに語るのも恐縮ですが、心に残る嬉しい出来事でした。

先生がこうした出来事を私だけでなく、親にも(初見などを通して)伝えました。

(自分の親が、「どうして自分の子供が一番少ないものを選ばされたのか」などと言う親でなくてよかったです。)

相手への思いやりや配慮が評価されたことで、

その後も同様の配慮ができるようになった、成功体験ですね。

これについても、上記のヤマのどの項目に当てはまるか、考えてみてください。

一番おいしい思いをしたのは、誰?

一番好きな味にありつけなかったり、

おいしい食べ物を、他の人より少ない量しか食べられなかったり。

一つの方向だけから見ると、ネガティヴな側面が目立ってしまいますが、

意図的なヤマの実践であったと考えれば、ポジティヴに見ることもできます。

このような食べ物に関する小さな社会性は、日々いろいろなところで発揮されているのではないでしょうか。

私の考えでは、上記例は2つとも「不貪(アパリグラハ)」と「不盗(アスティーヤ)」の実践です。

「私が、私が」「もっと、もっと」と貪らない。

「人が好きなものを」「たくさん味わう」機会を、楽しみを盗まない。

他にもあるかもしれませんね。

周りの人に選択権を譲ることで、幸福感を与えたり、

感心されたり評価されたりと、

ヤマの実践の結果、自分がより良い気持ちになっているのです。

だとすれば、一番おいしい思いをしたのは、誰でしょうか。

 

さて、皆様は今回の例から、どのようなヤマを見つけられましたでしょうか。