第83話「高揚」アーユルヴェーダ小説HEALERS

ブログ

 山の頂上に立った。頂上から臨める景色は、決して雄大なものではない。
 ここが頂上であることを知らせる山頂標識の周りに露出する岩を踏むと、夏の間に繁茂した木々を通して、見えない崖下を見る。そうして、そこから取るに足らないものを捨てる。
 いつもこういうことをしている。この山に登る時は。そうするとより安全でいられる。それを、こっちに戻ってから知った。
 月に一、二度の習慣。
 本当は誰も起きていないくらいに朝早くに、これをするのがいい。

 ヴァータの季節が近づいている。空気の乾燥と、暑さで汗をかくことにより、体は水分の保持が難しくなり、乾燥して縮む。熱を逃がしつつも潤いを確保するには、不必要に風に当たることなく、日射しを浴びすぎず、適度に水分補給をすることが重要だ。が、あかつきの敷地内外で、除草している小須賀と羽沼は、そんなことを言っていられなかった。
「どんだけ伸びてんだよ…」
 あかつきの正門付近で、小須賀は除草機で刈った草を袋に押し込みながら、忌々し気に汗を拭いた。
 除草機をかけているのは羽沼である。このコードレス除草耕運機は柳から借りたもので、草を根こそぎ取りながら地面を耕せるという優れものである。
─畑はともかく、そうじゃないとこでこれ使ったら、余計草生えちゃうんじゃないの?
 作業開始直後、小須賀が言ったことに羽沼も同感だった。
 羽沼の住む丸太小屋も、春になると周囲に草が生い茂り、とんでもない事態になるので、豆な草刈りは欠かせない。近頃は、全て芝生にしようかと考えているところだった。
 その羽沼が持ってきた除草機は今、充電中。
「果てしない…」
 目の前に刈り取った草が広がっている光景を見て、小須賀はため息をついた。
 羽沼はあかつきの西隣、果樹と小さな畑があるばかりの空き地にも、除草耕運機をかけていく。
─ここの持ち主さんは、もうご高齢だから…
 草刈りをする時には、あかつきの分とまとめてやるのが習わしなのだと美津子が言っていた。
「小須賀さん」
 竹笠をかぶった空楽があかつきの正門から飛び出してきた。
「手伝います」
「お、まじか」
 空楽や羽沼の存在はありがたかった。今まで、草刈りや垣根の剪定は、小須賀と美津子、杏奈の三人でやっていた。美津子はともかく、杏奈はまるで戦力にならなかった。
─ひゃああ…
 草を集めてたら虫がいただの、砂埃でむせただの、手やら目やらが痒くなっただの…
─どんだけ田舎暮らしに向いてないんだよ。
 小須賀は何度文句を言ったか知れない。
 その点、空楽は上沢の出身だけあって、田舎ならではのこういう作業にも慣れていて、仕事が早かった。田舎生まれ、田舎育ちではないものの、自分の家の管理をしている羽沼も、要領が分かっている。
 今日は夏の大掃除。
 杏奈と美津子は、永井を交えて、ピンダ・スウェダの練習を午後から行い、それから屋内の掃除に入った。小須賀もその頃からキッチンの掃除をしていたが、午後三時を過ぎてようやく、外の仕事に移ったのである。
 大鐘を迎えに行った美津子があかつきへ帰ってきたのは、ようやく生垣の周りが片付いた頃だった。
「あらあら、こんにちは~」
 エヌボックスの窓を開けて、大鐘がニコニコ顔で小須賀と空楽に手を振った。
「あ、大鐘さん」
「…」
 小須賀は大鐘を無視して、袋をぎゅうぎゅう縛った。袋の中は草と、美津子と杏奈が朝剪定した槙の葉でいっぱいになっている。
「小須賀くん」
 除草耕運機の稼働音が止み、羽沼が二人のほうへ近づいてきた。
「これでだいたい刈り終わったと思う。僕もそっち手伝うよ」
「うん」
「しかし、これだけあると、ゴミを持って行くのも大変だな」
 すでに特大ゴミ袋数袋分ものゴミが出ている。乾燥させれば目方は減るだろうが、処分場まで持って行くのも一苦労だ。
「柳のじいさんに頼めば、軽トラで持っていってくれるかもしれないな」
「ああ…そのほうがいいね」
「あらあら、みなさんお疲れさま」
 立ち話をする小須賀と羽沼に、大鐘がニコニコ顔で声をかけた。
「暑い中大変ね」
「大鐘さん、今からっすか。もう掃除も終盤ですよ」
 小須賀はもれなく嫌味を言った。
「でも今日はスタッフさんたちが大勢いるからいいじゃない。こんなおばあさん大した戦力にはならないわよ」
「いや、この人もあの人も、スタッフじゃないんですけど」
 小須賀は羽沼と空楽を次々と指差した。
─スタッフじゃない。
 という言葉に、空楽の手は一瞬止まる。
「宴会には貢献できるように、お料理を持ってきたわよ」
 そう言って大鐘は仰々しく、風呂敷きで包んだ差し入れを持ち上げた。
「小須賀さん」
「はい」
 小須賀は駐車場の方から聞こえた美津子の呼びかけに呼応し、大鐘のことは無視した。
「いやな人ね」
 大鐘は、つんと唇を尖らしてため息を吐きつつも、
「やっぱり、小須賀さんと話すと生きてる!って感じがするわ」
 目をうっとりとさせてつぶやく大鐘を、空楽と羽沼は数秒間じっと凝視し、何も言わずに作業に戻った。

「形見分け…ですか」
「そう。なんかいるのある?」
 美津子が小須賀に手伝ってもらって車から運んだのは、大鐘の知り合いのおばあさんの私物だった。大鐘曰く、「彼女はもう長くない」らしい。
「このお魚の形をした取り分け皿なんかいいんじゃないかしら」
 キッチンに段ボールを持ち込んだ大鐘は、そこで持って来たものを披露する。杏奈は皿を手に取った。ふぐらしき魚が描かれたその取り分け皿は、きっと鍋の時に使うのだろう。正直、いらない。
「これはどう?茶碗蒸しの器だけど、紅茶やコーヒーを淹れても、さまになるわよ」
 今度は伝統的な和柄の染付がされた器。あかつきの食器棚のスペースも限られており、そこを空けてでもほしいと思うようなものは、正直、何もなかった。
「ここにある和食器も、登場頻度が少なくて…」
 クライアントに和食器を使うことは時々あるし、杏奈と美津子も日常的に使うが、毎日使うわけではない。ちなみに、今棚に眠っている和食器も、ほとんど人からの貰い物だという。
「大鐘さん」
 お勝手口からキッチンに入ってきた小須賀は、大鐘がいるのを見つけると、
「邪魔でーす。出てってください」
 羊を追い払う犬のように吠え立てた。大鐘が小言を言いながらキッチンから出て行くと、
「暑…ようやく草刈り終わったわ」
 小須賀は調理台にもたれかかって一息ついた。
「お疲れさまです」
 杏奈は自分が外仕事の戦力にならないのを後ろめたく感じながら、小須賀を労った。
「なにか飲みます?」
「うん。冷たいやつにしてくれない?」
 小須賀は、この期に及んで杏奈が常温の水を出そうとするのを先読みしたかのように、「冷たい」を強調した。
「風呂借りることにしたわ」
「あ、羽沼さんも…?」
「うん。空楽はおれらが入った後に入るってさ」
「それはまあ…」
 一緒に入れるわけがないだろうが。
 杏奈は小須賀に麦茶を渡した。
「みんなにも…」
 小須賀がそう言うのと、すでに心得てお盆にグラスを乗せた杏奈が、キッチンを出るのとが同時だった。

 掃除がひと段落した頃、娘二人を連れてあかつきを訪れた沙羅は、さっそく形見分けに巻き込まれた。
「形見分け?誰のですか?大鐘さんの?」
「ふふふ。まあ、大鐘さんでもおかしくないわよね…」
 沙羅の勘違いを笑ったのは永井だった。ピンダ・スウェダの研修から大掃除に巻き込まれ、疲れた様子で、書斎のソファに座っている。
「ママ、これほしい!」
 快は書斎の本棚の傍に置いてあったトランポリンにさっそくのり、ぴょんぴょん跳ねる。七瀬もすぐにトランポリンによじ登る。これも形見分けの品らしい。
「お孫さんがいるんだけど、もうこういうの使う年齢じゃなくなっちゃって」
 大人が使っても大丈夫そうな、割としっかりしたものだ。
「会場ここにします?」
 杏奈が書斎に顔を出し、誰にともなく訊ねた。
 今日は大掃除の後、みんなで食事をする予定なのだが、子供たちがいるので、座卓にしたほうが良いかもしれない。
「すみません、何も手伝えないのに気を遣ってもらっちゃって」
 沙羅はぺこぺこ謝る。沙羅は掃除から参加するつもりだったが、子供たちがいると逆に邪魔になると小須賀に断られ、食事会からの参加になった。
「机運びますかぁ?」
 まだまだ元気そうな空楽が杏奈に声を掛けた。
「空楽、お風呂もうすぐ空くよ」
 ちょうど机を取りに出て行こうとしたところに、風呂から上がった小須賀が書斎に入って来た。
「はあい」
 小須賀はそのまま書斎には戻らず、キッチンへ向かった。
 書斎には入れ替わり立ち替わり人が出入りして、腰を落ち着けているのはソファに座っている大鐘と永井、子供を見守る沙羅くらいのものだった。
「そういえばあの可愛い男の子はどうしたの?」
「義経が修行してた寺の名前の子でしょ?」
 永井はその印象は残っているのに、その寺の名前は思い出せないのだった。
「鞍馬さんなら、タイミングがあれば参加するってライン来てました…」
 沙羅が二人に教えた。二人もラインには入っているが、あまり細かいやり取りまで覚えていないのだ。
 沙羅は書斎の入り口近くに誰かが立っているのに気付いて、ふと顔そちらへ向けると、びっくりして立ち上がった。
「柴崎先生…!」
 トランポリンには秒で飽きて、美津子の前室から持って来た座卓で折り紙をしていた子供たちも、顔を上げる。
「誰あれ?えらい二枚目だわね」
「あんな人いた…?」
 後ろでアダルトなギャラリーがひそひそ話合う中、沙羅は順正のほうへ歩み寄り、書斎とホールの敷居をはさむ形で向かい合った。
「柴崎先生、この間はありがとうございました!」
 そう言って頭を下げる。
 つい一か月前、大雨の中、娘の快と、その友人の万里子が明神山で動けなくなった。それを救出したのは、この男と羽沼だった。遭難事件の当日は礼を言っている暇はなく、その後顔を合わせることもなく、お礼はラインで伝えたのみだった。
 沙羅は頭を下げたが、向かいに立っている順正からは何の返答もなかった。沈黙の間、順正は沙羅の頭越しに、座卓に寄りかかって遊ぶ子供たちを見ていたのだった。あの日、救出した子がいる。年上の女の子のほうと、目が合った。女の子はびくっと肩を揺らし、すごすごと沙羅のほうへ歩み寄った。
「ママぁ…」
 快は脚にしがみつきながら順正の顔を見上げた。沙羅は快の様子を観察する。上背のある男に対し、怖気づくというよりも、恥ずかしがっているような素振りをしている。けれど、何かを思い出したのか、急に笑顔になった。
「ジョニーくん、まだもってるよ」
 快がそう言うと、順正は一瞬目を見開き、それから少しだけ目を細めた。
「そういえば、渡したままだったな」
 順正からようやく声が出た。それが意外なほど柔らかい声色だったので、沙羅は目を瞬いたが、すぐに我に返って、
「そうなんです!この子が持ってきてしまって」
 快が言うジョニーくんとは、ヒル避けスプレーの商品名(昼下がりのジョニー)であった。遭難事件の際、ヒルに噛まれて出た血を、怪我だと思い込み気が動転していた快に、順正がお守り代わりに持たせたのである。
「お会いできるかもしれないと思って、あかつきに来るときはいつも持ち歩いてたんですけど…」
「…あれ以来、ここには来なかった」
 順正があかつきを訪れるのは、遭難事件以来、約一か月ぶりだった。
「先生も今日、食事会にいらっしゃったんですか?」
「は?」
 そんなわけがないことは順正の反応を見れば一目瞭然だったが、沙羅が次の言葉を発しようとした時には、
「うわ、柴崎先生じゃないすか…!」
 食器を運ぶ小須賀の声が書斎から飛んだ。いかにも嫌そうな顔をしている。
「美津子さんに呼ばれたんすか?」
 順正が何も答えないうちに、今度は風呂場から出て来た羽沼が順正の姿を見つけて、
「あ、柴崎さん」
 親し気な様子で声をかけた。あの日雨の中、二人で救出劇を繰り広げて、羽沼はすっかりこの男と打ち解けた気持ちになっていた。
「食事会に呼ばれてました?」
「いや」
 あと何人から、これを訊かれれば良いのだろう。
 順正は面倒くさい気持ちがあったが、それは顔に出さないようにして、そそくさと応接間のほうへ去っていった。

 大掃除はボランティアで行われていた。そのため、その後の食事会の料理や飲み物は、あかつきが全面的に準備をする。
 と、言ったはずであるのに。
 テーブルの上にはすでに、スタッフが持ち込んだ差し入れが並んでいた。大鐘が、夏野菜の煮浸しを。沙羅が、実家の母が作ったという肉じゃがを。
「これ、義理の兄の実家で採れたトマトで作ったんですけど…」
 空楽は大量のトマトマリネを持ってきていた。
「あかつきはトマトあまり使わないって聞いてたんですが…」
「子供たちトマト大好きなんで助かります」
 その子供たちは、テーブルに料理が出されると近寄って、
「ごはんまだ?」
 と尋ねる。
「まだみんな揃ってないからだめだよ」
 美津子と杏奈、小須賀と羽沼は席を外している。杏奈と小須賀は料理を仕上げているのに違いなかった。
「南天丸はお留守番か…」
 羽沼は書斎に入ると、沙羅の向かいに座ってそう呟いた。庭には南天丸の姿が見当たらなかった。
「柴崎さん、ここに来る時はだいたい、上沢から山を越えてくるらしいけど、さすがにこの暑さだと老犬のことが心配だったのかな」
 と、沙羅に訊いたが、沙羅は首を傾げた。
「あのワンちゃん、老齢なんですね。というか、山越えてくるって本当ですか」
「さっきそう話してたよ」
「羽沼さん、柴崎先生と話したんですか?」
「うん…」
「話、できました?」
 沙羅は声を潜めて訊いた。順正は昔からちょこちょこあかつきに出入りしていたが、人との間に壁を作らない沙羅ですら、あまり多くを知らない。話しかけても、そっけない返事をされるからだ。
「ま、まあ…」
 羽沼は肩をすくめた。沙羅はくすっと笑う。話が弾まないからこっちに来たのだということは、見え見えだった。
「神社に車置いて、頂上までピストンしたらしいよ」
 ピストンとは、出発地点から山頂などの目的地の間を、同じルートを使って往復することをいう。
「この暑いのに、大変じゃないんですかねぇ。そこまでして山登りたいんですかねぇ」
 沙羅の高い声は応接間にいる順正に丸聞こえであった。順正はただぼんやりしながら、突っ立ったまま窓の外を眺めていたけれど、思わず舌打ちをした。
 そんな順正を尻目に小須賀が通り過ぎ、書斎に入っていった。
「小須賀さん、何か手伝います?」
 料理をおく小須賀に、大鐘が声をかけたが、
「いや、いいです」
 ぴしゃりと拒絶された。
「もう始めてていいですよ。お子さまたちのごはん、ちょっと待っててください。杏奈が炊飯器のスイッチ入れるの忘れてて、炊けるの待ちなんです」
「珍しいですね。いつもしっかりしてるのに」
 沙羅が目を瞬かせた。
「どこがしっかりしてるんです」
「いろいろやってるから疲れてるんじゃない?」
 小須賀をなだめるように、羽沼が言った。
「キッチャリークレンズ後も、毎日のように怒涛の集客メッセージ送ってるんだから」
 あかつき大作戦の予約を取るために、ラインやインスタでの発信は過激さを増していた。
「この前のクライアントさんも、重かったですしね…」
 うつ病を患う直美の受け入れにあたり、直前まで類似事例をあたり、滞在後もフィードバックに時間をかけていた。
「あ、今日の食事会、実は杏奈ちゃんのお祝いも兼ねてるので、みなさん後でしっかりお祝いしてあげてください」
 沙羅がみんなに根回しをした。
「なんのお願い?」
「もしかして、ご結婚なさるの?」
 アダルトな二人が身を乗り出した。この年代の女性からしてみれば、杏奈の年頃でお祝いというと、それしか思い浮かばないらしい。
「セラピストデビューしたんですよ」
 沙羅は自分ごとのように嬉しそうに答えた。アダルトな二人はなあンだと背中をソファに預ける。
「みんな揃ってるの?」
 ようやく書斎に顔を出した美津子は、周囲を見回した。
「料理は?」
「運んできます」
 わいわいしている書斎で油を売っていた小須賀は、キッチンへ戻った。
「料理が揃ったら、始めててもらっていいから」
 美津子は沙羅にそう言づけると、応接間に入っていった。

 着席することなく、外を眺めていた順正は、非難がましい目を美津子に向けた。宴会を始めたスタッフたちの声は、やはり応接間まで駄々もれである。
「内輪の宴会があるなら先に伝えておいてほしい」
 順正は時々、美津子からの相談に乗るが、あかつきの一員だと認識しているわけではない。同僚でもなんでもない人達の懇親会の場に居合わせてしまい、なんともタイミングが悪い。
「ん、まあ、そうね」
 美津子は歯切れの悪い返事をした。珍しく愛想笑いなど浮かべている。
「あなたも混ざらない?」
 順正は目を細め、首を振った。スタッフのわちゃわちゃに巻き込まれるのは御免だ。
「最近来てなかったから、あの後風邪でも引いたんじゃないかって心配してたの」
「研修があっただけだよ」
 そう言う順正に、美津子は椅子をすすめた。順正はわざわざ、応接間の一番奥、書斎から一番距離をおいた窓側の席に座る。美津子は苦笑を浮かべながら、左隣に座った。
「何の研修?」
 母体保護法指定医師研修会。今年も横浜で開催された。医師免許だけでは中絶処置をできない。年に一度、槍が降っても参加しないといけない研修会なのだ。
「橘や研修医時代の同期も来ていて、なかなか刺激になった」
 順正がうっすらと笑みを浮かべたのを見て、美津子も微笑を浮かべた。
 パラパラと、ストリングカーテンが揺れる。順正と美津子は音がするほうへ視線を向けた。
「あ…」
 背中からカーテンをくぐってキッチンから出てきた杏奈は、順正が視界に入ると、伏し目がちにして、
「こんにちは」
 と言いながら軽く会釈をした。その両手には、色鮮やかな料理が盛られた大皿を持っている。
「こんにちは」
 順正はつぶやくように挨拶を返す、杏奈はそそくさと書斎のほうへ去っていった。料理が運ばれたからか、書斎から嬉しそうな声が響く。キッチンからは食べ物のにおいが濃く漂っていた。
「橘さんたちとはお話できた?」
 順正は頷いた。超音波とか胎児オタクの医師たちと、込み入った話ができるのは刺激的だった。経口中絶薬の最新情報も勉強でき、研修以外にも思いがけない収穫があった。
─研修であれ、せっかく都会まで赴いたのなら、羽を伸ばして来ればいいのに。
 美津子は喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
─今更だな。
 感情の起伏に乏しいこの男が、都会で遊んでいるイメージがとんと湧かない。
「今日は庭の掃除をしたのか」
「ええ。今日は大掃除をして、草刈りと生垣の手入れもしたの。男手があって助かっているのよ」
「ふうん。それにしても、もっと乾燥させてから袋詰めすればいいのに」
 軒下に草を詰め込んだゴミ袋がいくつも置いてあるのを、母屋に入る時に見つけた。
「ゴミ出しの日との兼ね合いでね」
 順正はそれには答えず、
「おれが持って来たゴミも入れさせてもらったから、捨てといてくれ」
「え?ゴミわざわざ持ってきたの?なんで?ゴミ出しに行けていないの?」
 そんなに忙殺されているのだろうか。美津子は不思議そうに目を丸くした。
「うちから持って来たゴミじゃない」
 山で拾ったものだ。だから大した量ではないが、余裕のありそうな袋を開けて、入れさせてもらった。
「えらいじゃない」
 美津子に褒められるのが逆に子ども扱いされているように思えて、順正は目を細めた。
「まあ、お返しに…」
「は…?」
 美津子はきょとんとした。何を言っているのか分からない。
 順正は頭の中のゴミを、時折、山の頂上にて捨てているのだった。だから、代わりに山に捨てられている物理的なゴミを拾う。しかし、そうとは言わずにおいた。
 美津子は二度ほど、瞬きをする。
「…それで、用事は?」
 そう訊いたのは順正のほうだった。順正は今日美津子に呼ばれてここに来たのだ。
「大した用事はないのよ」
「なんだそれ」
「いいじゃない。あなただって、用事がなくてもあかつきに来るくせに」
 確かに、美津子にも自分を呼ぶ理由などは大してないのだろうと思う反面、今日は夕方に来るよう珍しく指定されていたので、何かあるのかと訝った。もし時間指定がなければ、早朝に南天丸を連れて山に登ったものを。
 書斎から大声が上がる。何やら盛り上がっているようだ。
「この通りね、うちもだいぶスタッフが増えたから、あなたの顔も知っておいてほしいのよ」
「…」
 ニコニコと愛想笑いを浮かべる美津子の顔を、順正はやや呆れたように見やる。
「…」
「…なんか言ったら?」
「…いや、あれには参加しないけど」
 順正は顔を少し、書斎の方へ向けた。
「連れないわね」
 今度は美津子のほうが呆れたように言った。愛想笑いが苦笑いに変わる。
「あなたにも、気晴らしは必要じゃない?仕事熱心なのはいいけれど、たまには楽しいことをしないと。ピッタが上がりすぎると燃え尽きちゃうわよ」
 順正は低い声で笑っただけで、それ以上、取り合わなかった。
 美津子は別に、冗談で言っているつもりはないのだけれど。こういう一本気な者には、予防線を張っておいてやらばければと思う。一方で、余計なお世話だろうとも思っている。何が気晴らしになるのかは、人によって異なる。この男はというと、一人でいるのを好む性質だ。
─結局は自分の自己満足のためなんだな…
 美津子は小さく吐息をした。
「この間、うつ病のクライアントが来てね」
 美津子はそのクライアント─直美─の状況を、簡潔に説明した。
「その子の上のお子さんも不安症で、大学を中退して、今も働けていないって」
 美津子は順正ではなく、何も置かれていないテーブルの上に視線を向けながら、粛々と話した。書斎からは話声が途切れることなく、がやがやと聞こえてくる。
「中学時代の教師との関係性がキーになったと言っていたけれど」
 直美は最も気になっていることを、最後まで伏せていた。口に出すのも憚られたのだろう。
「その方は、親の離婚と、母である自分が鬱という家庭環境が影響したんじゃないかと、自分をひどく責めておられるのだと思う」
 順正もまた、美津子ではなく虚空に視線をおいて、黙って話を聞いている。
「子供には悪いことをしたと。許してもらえるかと…」
 彼女が本当の意味で癒されるのは、子供の状況が改善した後だろうと、美津子は思った。
「あなたはどう思う?」
 順正の端正な横顔に視線を向けながら、美津子は漠然と尋ねた。順正は少し眉間に皺を寄せ、
「許すもなにも」
 熟考する暇を持たないまま、答える。
「その子のことは、その子自身の問題だと思う」
 その子供が、親を責めているのか、そうではないのか知らないが。深く思案することなく口に出た言葉は、直感であった。
「…そうか」
 美津子が順正の答えを受け止めると、しばし、二人の間に沈黙があった。
 窓からは、まだたっぷりと日射しが降り注いでいる。
 ピコン。
 メールなのかラインなのか、自分のスマホが鳴る音がしたけれど、美津子は遠くでそれが聞えた気がした。書斎から聞こえる話声も、相変わらず賑やかだが、美津子にはその音も遠い。
「それなら」
 顔だけをほんの少しだけ右に動かして、
「そろそろあなたも、年に一回くらい、しおりさんに会いに行ってあげて」
 美津子は、静かに、滑らかに言い放つ。
「…優しさを強要するようで、ごめんなさい」
 そしてそう、付け加える。
 テーブルの上に伸びる二人の影は、微動だにしない。
「ミツが謝ることじゃない」
 順正は、つぶやくように言った。その声色はどんな感情も帯びていない、淡々としたものだった。美津子は横目でちらと順正を見やるが、なにを考えているのか、まるで分からない。この男の表情筋は、ほとんど機能しないのだ。昔から。
 ふいに、足音と、機器同士が触れ合う音がして、美津子と順正は無意識に音がしたほうに視線を向けた。
「お邪魔します」
 杏奈が遠慮しがちに二人に言った。有無を言わさない素早さで、しかし静かに、応接間にいる二人とは対角線上─つまりいつもの自分の席─に座り、パソコンを起動させる。
 美津子は瞬きをした。気が急く様子を隠しもしない杏奈を見るのは珍しい。
 杏奈は二人の視線を気に掛ける様子もなく、そわそわしながらパソコンが起動するのを待った。
 美津子と順正は視線をもとに戻し、どちらからともなく、小さく吐息を漏らした。その間、杏奈は前のめりになって、小さくマウスを動かしている。
 カチカチ、カチカチ、カチカチ
 何度かダブルクリックの音がする。杏奈は右手を動かしながら、左手を口元に当てて心配そうに画面を覗き込んでいたが、やがて両手をぎゅっと拳にして地味なガッツポーズをした。
「よしっ!」
 美津子と順正は再び声のした方に顔を向けた。叫ぶというほどの声量ではなかったが、嬉しそうな声だった。画面から顔を上げた杏奈の顔は、みるみる綻んでいる。気分が高揚したのか、椅子から立ち上がり、掃き出し窓の方を向いて、再び地味に拳を振り下ろしている。
「…大丈夫?」
 声なのか雰囲気なのか、とにかく気配を察した小須賀が、居間から応接間を覗き込んだ。
「入りました」
 杏奈は表情が緩んだまま、それを引き締める方法を知らなかった。美津子は杏奈が喜んでそう言うのを見て、口元を綻ばせた。物事に本気で取り組んだことのある者でなければ、この高揚感は、分からない。
「何が?」
「予約が入りました!」
 珍しく歓喜の声を挙げる杏奈の声を聞いて、書斎にいる他の者も、声のしている方に視線を向けた。
「十一月の予約です!」
 あかつき大作戦に向けた、最初の予約だった。
 喜ぶ杏奈とは対照的に、小須賀ははあ~とため息をついた。
「地味なんだよ、喜び方が。普通こっちに駆け寄って、もっと元気にみんなに報告するの」
 杏奈に普通を期待するのは、いいかげん諦めたほうが良いのか。
「予約入ったの?」
 二人に歩み寄って、羽沼が尋ねた。今回の集客をサポートしていた羽沼も、嬉しそうである。
「はいっ。全然予約が入らないので、だめかと思ってました…」
 杏奈はキッチャリークレンズ後、早期特典も付けて予約を促したのだが、一件も成約がなく、ずっと頭を悩ませていたのだ。
「あ、返信…」
 高揚感を早々に収めた杏奈は、冷静になって体の向きを変えた。が、すぐに小須賀が前方に立ちふさがる。
「それ後にして、みんなに報告すれば」
 騒々しい人たちが出て行くと、順正は立ち上がった。
─帰るのか。
 美津子は、食事だけでもしていくよう言おうとしたが、それも思い留まった。気を損ねているかもしれなかった。
 しかし、順正はホールに直行せず、応接間を横切って、居間から書斎への入り口に立った。そこから書斎にいる面子をぐるりと見回すと、あまり見覚えのない顔もいくつかあった。
 みんなの視線は、なぜかトランポリンの上にいる杏奈に向いている。大鐘が沙羅の子供たちにと持ってきたトランポリンは今、お立ち台となっている。
「…はい。という感じです」
 杏奈はここで、ようやく予約が入ったことを発表したところだった。美津子は、順正の後ろから書斎を覗いた。
「もうちょっと、盛り上がるように言ってくれない?」
 もどかしそうにしながら、小須賀が、杏奈にダメ出しをする。
「何言ってるんですか、小須賀さん」
 小須賀の隣にいた沙羅が、窘めるように言った。
「私は十分、高揚しましたよ!」
「沙羅さんはいっつも高揚してるでしょうが」
「小須賀くんはなんで杏奈さんに厳しいの?」
 羽沼が誰にともなくぼそっと訊いた。
「それはね、好きな女の子には意地悪してしまうという、男の子にはよくあるあれよ」
 羽沼の素朴な疑問に大鐘が答え、
「うえ~」
 空楽が顔を歪めた。
「それは大鐘さんの願望よ。小須賀さんに一番意地悪されてるのは大鐘さんじゃない」
「いやあね、そんなことないわよ」
 永井の言葉に、しかし、大鐘はまんざらでもなさそうに、ニヤニヤしながら手を振った。
─茶番だな…
 順正はちらっと美津子を振り返った。この会に参加したところで、気晴らしになるどころか、気疲れして終わりそうだ。その目はそう言っている。
─でしょうね。
 美津子は苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。
 お立ち台の上に所在なさげに立っていた杏奈は、そっとそこから降りて、さささっと席に戻ったが、座ろうとするのを沙羅が制した。
「あ、今日は一応、杏奈ちゃんのセラピストデビューを祝う会なので」
「え?そうなの?」
 小須賀が素っ頓狂な声を出した。
「そうですよ。みなさん拍手してあげてください…!」
 沙羅は膝立ちになり、杏奈の代わりに報告をした。みんなが拍手をするので、七瀬もつられて拍手をしながら「おめでとー!」と叫ぶ。杏奈は困った笑いを浮かべた。恥ずかしくて、逆に罰ゲームを受けているかのようだ。ぺこりと頭を下げ、逃げるように奥の方のスペースに腰を下ろす。
「じゃあ今日は、あかつき大作戦に向けてみんなの報告会ということで、他の方も何か、発表してください」
 杏奈は自分だけ発表をさせられたのが気に食わない。しかし、突然の無茶ぶりに、誰も手を挙げられない。
「発表することなんかないし」
 小須賀が悪態をついた。沙羅も困ったように首をひねった。沙羅は、遭難事件の一件以来、積極的に仕事をすることに抵抗ができてしまい、報告するべきことは思い当たらなかった。
「あ…じゃあ」
 けれども、意外な者がゆっくりと手を挙げた。永井だった。
「私は今日、杏奈さんと一緒にピンダ・スウェダを習得しました」
 手を挙げながら、控え目に発表した。
「あら永井さん、お立ち台で言わなきゃだめよ」
 大鐘がニコニコ顔で言った。
「永井さん、まだ習得ではないですよ」
 順正の後ろで傍観していた美津子が、からかうように訂正した。
「あと二、三回は練習が必要です」
「あら、誤報です」
 永井が淡々と言いながら頭に手を当てたのを見て、くすくすと笑いが起こった。
「羽沼、なんかないの?」
「僕…?」
 小須賀に促されて、羽沼はうーんと唸った。
「集客の導線整理したのお前だろ。影の功労者じゃん」
「…そうか」
「まあ、まだ一人しか予約入ってないけど」
 杏奈と羽沼はげんなりした顔をした。集客。おおよそどんな業種でも避けて通れない難関だが、これはサービスを充足させ、その質を向上させる以上に厄介なのだ。
「発表する時はお立ち台でね!」
 大鐘はどうしてもトランポリンを有効活用させたいらしい。羽沼は考えながらもお立ち台に乗り、ほどなく何か思いついたように顔を上げた。
「あ、この間の練習試合で、足込中学校は健闘しました」
 羽沼は野球部の練習試合が、いかに熱かったかかいつまんで発表をした。
 実際、羽沼はその時、喜びのあまり、思わずタオルを振り回していて、監督から白い目で見られた。ここ数年、自分の感情を覆い隠す、内省的な部分が濃くなってしまった羽沼だが、その時ばかりは、学生時代の陽気さが戻ったかのようだった。
「それ、あかつき大作戦と関係なくね…?」
 やっぱり小須賀がダメ出しをする。
「あ、そうか。それに関係してないとダメなのか」
 羽沼は今それに気が付いたように言った。
「羽沼さん、別に発表することあるでしょう…?」
 意味深な空楽の発言に、みんなの注意が羽沼に向いた。羽沼はぎくりとして、お立ち台の上で体が揺れた。空楽はそんな彼の反応を見て、口を閉ざしてしまった。が、そうなるとますますみんなの興味が湧いて、何があったのかと詮索するような目が空楽に向く。空楽は躊躇していたが、口止めをされているわけでもないし、
「こないだすっごく綺麗な人と、彩で呑んでたんですよ~」
 と、羽沼には聞こえないくらいの小声で、耳を寄せるスタッフたちに告げ口をした。
 一瞬の間の後、
「えー!?」
 と誰からともなく、悲鳴のような声が上がった。それだけで、羽沼が赤面するには十分だった。
「彼女さんですか?」
 沙羅が顔を綻ばせて訊いた。面白がっているのが見え見えである。
「いやいやいや…」
 羽沼は苦笑いして首を振る。あんたの親友だよとは言えない。
「なになになに、私聞えなかったわ」
 大鐘が耳に手を当てて、一番興奮している沙羅と小須賀の近くまで横移動した。永井と杏奈は苦笑いを浮かべて、傍観している。
「そういう雰囲気に見えましたよ、羽沼さん」
 空楽はちょっとバツが悪そうに首をすくめていたものの、問いただすような目で、羽沼を見上げた。
「彼女じゃないよ」
「じゃあ彼女じゃない人と居酒屋で何してたんですか」
 こういう話題は小須賀の大好物。あくまで否定する羽沼に、追い打ちをかけた。
「あかつきでいつもやってるようなことだよ」
 それを聞くと、小須賀は血相変えて、
「え~!?オイルマッサージ?」
 その言葉に沙羅の方が赤面して、思わず小須賀をポカッと殴った。
 美津子は可笑しそうにくすくす笑っているが、順正はくだらなさそうな顔をして、踵を返しかけた。その順正の腕を、決して無理強いしない強さで、美津子は掴んだ。
「もう少し、いいじゃない」
 順正は小首を傾げる。下世話な、くだらないバラエティー番組を見せられているような気分なのだが。
「はあ…」
 羽沼はたまらずお立ち台から降りると、座卓に両肘ついて、顔を手で覆った。
「羽沼さん、みんな冗談で言ってるだけですよー」
 空楽がそうフォローしたのは、告げ口の罪を軽くしたいためか。羽沼はもう一度ため息をついたが、空楽を責めることはせず、代わりにお立ち台を指した。
「次は空楽さんね」
 とは言ったものの、あかつきとの関わり方がうやむやな空楽に、あかつき大作戦にむけた発表があるわけがない。このバトンタッチは流されるだろうと誰もが思ったが、空楽はおもむろに立ち上がると、ゆっくりとお立ち台まで歩き、そこに乗った。
 空楽が視線をちらっと自分に送るのに気付き、美津子は軽く頷いた。
 空楽はいつになく神妙な顔をして、
「えと…セラピストの研修を受けることになりました」
 恥ずかし気にもじもじして、そう報告した。
 沙羅と杏奈は、目を見開き、小須賀は瞬きをした。
「あかつき大作戦に間に合うよう、頑張ります」

 空楽が美津子に意思を伝えたのは、つい最近のこと。
─あかつきに入れてほしいです。
 空楽は、あかつきのメンバーと対等に話ができるようになりたかった。同じ目的に向かって歩む、仲間の一人になりたかった。
 持ち場はどこでも良いというなら、今不足しているのはセラピストだと、美津子は言った。だが、安定して仕事は入って来ない。それでもいいのかと。
─仕事をいただくだけの姿勢では、いたくありません。
 かといって、自分はなんのノウハウも持っていないけれど。
─仕事を取りに行くことにも、携わりますから。
 杏奈はそうしていた。だから自分もそうする。
 あかつき大作戦の集客がうまくいけば、セラピストの配置問題が起こるのは目に見えている。もはや美津子に、空楽の申し出を断る理由はなかった。すでにあかつきのスタッフと仲が良いのだし、願ってもない話だ。
 空楽が決意表明をした時、複数人の視線が美津子に集まった。美津子は隠していたつもりはないけれど、契約書を渡すまではと、黙っていた。が、この場で本人がみんなに伝えたいというのなら、それもいいだろう。美津子は口元に微笑を浮かべて、視線をよこした一人ひとりの顔を見ながら、頷いた。
「うわあ、おめでとう!」
 一番に祝福の声を挙げたのは沙羅だった。お立ち台から降りた空楽に駆け寄ると、その頭をかき抱くようにして、頭をなでた。
「やったじゃん」
 羽沼も微笑んで、手のひらを掲げる。空楽は沙羅の腕の間から顔を出して、ハイタッチをした。
「なんか新しいメンバーって感じがしないな」
 小須賀はそう言いながら、自然と口元が綻んでいる。
「え?なに?あの子セラピストじゃなかったの?」
 大鐘がそう言うのも、無理はなかった。
 仲間が加わった喜びにスタッフたちがどよめき始めると、順正はその場を後にした。美津子の視線は彼の背中を追ったが、もう止めはしない。
 空楽は沙羅から解放されて、髪の毛を整えると、顔を横に向けてちらっと杏奈を見た。沙羅ほどには、喜びを大きく表現してはいないけれど、杏奈も嬉しそうに微笑んで、空楽に向かって頷いた。
 空楽は目を伏せて、ところどころ金色のメッシュを入れた髪を指で梳く。
 美津子はみんなの様子を眺めながら、この場に流れている高揚感を、心地よく味わった。

 

 


 

前の話へ戻る  》次の話へ進む

》》小説TOP

 

 


LINEお友達登録で無料3大プレゼント!
アーユルヴェーダのお役立ち情報・お得なキャンペーン情報をお届けします

友だち追加