─ねぇ。
中背だが、やけに肩幅が広い男の両脚の間にすっぽり収まるような形で座りながら、杏奈は甘えた声を出す。背を男の胸にもたげて、心地よさそうに頬ずりする。
─私、やっと月初処理の要領が、分かってきた気がする。
─本当…
男は、目をとろんとさせて答える。家にいる時、この男は脱力しきって、ただぼーっとテレビを見ている。どんな番組を見ていようが、杏奈は気にしない。テレビなんてついているだけで真面目に見ていやしないのだ。
大切なことは、こうやって、好きな男にすっかり覆われている心地よさや安心感を、意識することだけだ。
─週に一、二回にしなくちゃだめかな。
この部屋に泊るのは。
男が喉の奥で笑ったような声を出した。背中に当たっているそのお腹が揺れた。
─先週もそんなこと言って、結局…
─結局、毎日いる。
それはもう、どうしようもない。杏奈は気が抜けたように笑い、
─ごめんね。
─どうして謝るの。謝らなくていいよ。
二人の職場から近いアパートのこの一室には、すでに杏奈のシャンプーとリンス、化粧品、数着の着替えが置いてあった。
杏奈は男の腕の中で横向きになり、顔を上げて男の首筋から口元に唇を這わせた。相変わらずとろんとしたままの男は、少し目尻が下がっていて、限りなく優しい目をしていた。短く口づけしてから腕の中で体を丸くする杏奈を抱き締める。
─かわいいね、お前。
人に興味がないし、人と関わっていたくない。話をするのも苦手。今日起こったこと、見聞きしたこと、ましてやそれに対し、どう思ったかとか、自分の感情に関わることを話すのなんてもってのほかだ。人に自分の心の中を知られたくない。批判されるのが怖い。自分はそのような人間だという認識は、しかし、ある位置づけの人と話す時、消えてなくなる。
恋人だ。
恋をした相手と接する時、杏奈の中には、別の生き物が生まれた。
心の底から湧き上がってくる嬉しさ。常に、その人と会っていたいという気持ちになる。話したいことがなくても、一緒にいられるだけでよかった。けれども、恋人と一緒にいると、話したいことは自然と出てきた。いつもなら取るに足らないと捨て置くようなことも、自然と話そうという気になる。しかも、表情やしぐさまでつけて。
恋人の存在を感じられることをしている時─たとえばメールをしたり、電話をしたり、彼のことを思いながら過ごしている時─、あるいは、実際に会っている時。杏奈は、水を得た魚のようになる。気だるく、ずっと眠いような気持ちが晴れて、快活で、明るい人間になる。
恋人がいる時にだけ、自分の中に芽生える、明るさ、可愛らしさ、女らしさ…
計算ずくでそうなるのではない。だからこそ、杏奈は恋をしている時の自分を、コントロールできなかった。
会いたいという気持ちのあまり、時に、その行動は傍若無人なものになった。予定を強引にずらしたり、親に嘘をついて家を空けたり…とにかく、頭の中は恋人でいっぱいなのである。
─冷めた子。
小学生の時から、一貫して周りからはそう思われていたし、自分でもそう思っていた。それなのに、恋をしている時は、杏奈の心は熱く燃えた。今までにない、自分自身も知らない自分が出てきた。
はじめてそんな自分の一面に気がついたのは、大学生の時。
その頃杏奈は、心の衝動に振り回されていたが、そのことにすら、スリルを味わうのに似た危険な楽しみを感じていた。人間関係に不器用だから、恋などなおさら、器用にできるわけがなかったのだ。
初めて恋人ができたら、誰でもちょっと違う自分の一面を見るのだろう。付き合い初めの、きらめく夏の太陽のような時が過れば、気持ちの昂ぶりはゆるやかに落ち着いてはくるが、杏奈の恋の熱は、かなり持続するようだった。
─男の人に依存しやすいタイプなのかな。
そう思ったことはなくはない。しかし、時に恋人自身のことを客観的に冷静に見ることはあったし、貢いだり貢がれたりということもない。別れてしまえば、後まで依存しきったり、被害者ぶったり、ストーカーじみた行動をしたりすることもない。どんなに恋に傾倒しても、盲目的、病的な依存というレベルになはならないことは、なんとなく分かっていた。
最後に恋をしたのは、社会人になって、数年も経たない頃。
それは、突然にやってきた。気づいた時には、どうしようもなく好きになっていた。相手は会社の上司で、名を尾形といった。
人の目を見ず、心に話したいことは浮かばず、人の話も右から左に通り抜けていく。恋をしている時、そんな杏奈はいない。相手の目をまっすぐに見て、自分に自信を持ち、巧妙な相槌を打ち、相手を笑わせたり驚かせたりする。
もし、他の人にもこういう態度で接することができていたら、人生はより活発で、楽しいものだったかもしれない。
なぜ、活き活きした自分が生まれるのは、ごく限られた、いや、たった一人の前だけなのだろう。
その時の杏奈は、でも、自分の活力を恋人だけでなく、他の人にも同様に使う必要性を、感じていなかった。
─とらえどころのない顔だな。
新しい部署に異動し、最初に尾形を見た時、そんな印象を抱いた。それから数ヶ月と経たないうちに、尾形のために、随分と長い時間をかけて髪を結う自分がいた。何度も編み込みをやり直したし、髪型と服の組み合わせも、熟考した。ベージュの、シックなワンピースを買って、それに似合う髪型に整えたのだ。
そうして一緒にでかけたのは、あの夏の終わりの鎌倉だった。まぶしい光の中にずっとあった。光り輝くような夏の日だった。
それから尾形と一緒に過ごすようになった。よく飲みにも行った。飲みに行くとは言っても、食事をしながら、それに合うお酒を少し嗜む程度だ。
─今日は何をしてたの?
─昨日と同じ。ヨガに行ったよ。
─何のヨガ?
─今日は月ヨガ。
それぞれ別の所で過ごした休日の夜、食事をしながら、お互いの休日について話す。
尾形は休みの日にも、マンションの管理組合に出たり、車を修理に出したりと、忙しかったらしい。車は、免許を取ったばかりの息子が、ぶつけてしまったということだった。
尾形には、妻子がいた。
─たまには一人の休日をゆっくり楽しみたいよ。
─私は一人の休日をゆっくり過ごしたけど、ちっとも楽しくなかった。
尾形がいないからだ。
単身赴任をしている尾形が自宅に帰る時は、やたらとヨガをしに行く。その時だけ、尾形の存在をも忘れて、集中できる。
しかし、それ以外は、どう時間をやり過ごしたらいいかを分からず、尾形の気配の残る部屋で、昼から眠ろうと努めたものだ。眠れば時間を早送りできると……
─時間を早送りできたらいいなあ、って思うことがある。尾形さんがいない時はね。一人の時間を、ずーっと早送りして、尾形さんの足音が聞こえた瞬間に、ぴたっと止める。
─なんだそれ。
杏奈は、小恥ずかしいことを平気で言った。大胆なのだ。好きな男の前に限り。
どうやったら時間が矢のように過ぎていくだろう。どうやって尾形のいない時間をやり過ごしたらいい。尾形のいない休日は、そんなことばかり考えている。
時が過ぎるのが遅いのを意識しないように、できるだけ何かに夢中になるように努めている。
それらの、尾形がいなくていかに寂しかったかという詳細な心情は、けれど、くどくどしくは語らなかった。嫌がられると思った。
─すごい表現だな。
尾形はビールをゆっくり飲みこんだ。何が?とこちらを向いた杏奈に、その表現を繰り返す。
─早送り。
尾形が帰省する時以外、二人がほとんどの時間を共有するようになって、やすやすと一年以上が経った。
ある時、尾形は風呂から出て、素っ裸でテレビの前に立って、そこで体を拭きながら、ぼんやりとこう言った。
─杏奈は、猫よりは、犬っぽいね。
─どうして?
顔つきのことかと思ったら、違った。
─一人で放りっぱなしにできないから。
尾形は微笑んだ。その通りだが、杏奈はたしなめられたような気がした。
―尾形さんがいないと寂しい。
そういう言葉が、尾形をあまり喜ばせないことを、杏奈は知っていた。
杏奈の、自分に対する気持ちが真摯であればある程、その分尾形は心配になる。杏奈が望む関係になることはできないからだ。
窓を開けた時に入り込んだのだろうか。小さな葉っぱが一枚、縁側に転がっている。
膝を抱えた腕に顎をのせ、背中を丸めていた杏奈は、右手を伸ばして、その葉っぱを取る。そして、膝の前のあたりにかざすと、ぼんやりと見つめた。
─会いたいなぁ。
杏奈の眉根には、無意識に、悲痛な縦皺が刻まれた。
しかし、尾形との思い出は、そのように甘やかなものばかりではなかった。
ほどなくして、尾形と杏奈は、それぞれ同じ部署の中で配置換えになった。お互いに気にし合い、業務の中でも助け合えるところは助け合った。しかし、慣れない、膨大な仕事に悪戦苦闘し、くたくたな状態になっていた。
そして、尾形と一緒にいることになんの疑問も持っていなかった杏奈だが、次第に、状況を冷静に見るようになっていた。
二人の間に、綻びが生じた。
思えば物事は、その頃からどんどん悪い方に傾いていった。そして、杏奈の人生は変わってしまった。どのように変わるかは、選択の余地があったが…。
世界が変わったように思えた。
その変わった世界で、最初の食事をした。ひどく乾燥した、加工品の寄せ集めだった。杏奈は残さず食らった。食らいながら、自分を呪った。
滋養も、温かみもないその料理を食べながら、しかし、その時杏奈は、その食事が自分にふさわしいと思った。自分の体に入れるものなど、どんな粗末な、体に悪いものでも良い。自分は価値のない人間なのだから…。
それは、季節外れに寒かった、ある秋の雨の日だった。
駅から出るなり、そこで待っていた尾形を、杏奈は傘で思いっきり打った。
二人の関係性は、明らかにそれまでと違うものとなった。
恋の絶頂で、杏奈は自分の思いを、ぎざぎざと切り取った。
─時間を早送りできれば良い。
今も杏奈は、そう思う。けれど、その意味は以前と違っている。
尾形が帰ってくるまで、などではない。尾形に出会ってからこれまでのことをすっかり忘れられるその時まで、時間が早く過ぎれば良い。矢のように、疾く過ぎれば良い。
早送りができないのならば、ほんの一瞬でも、意識を逸らす何かがほしい。
それはあの頃も同じだった。尾形との関係性が変わってから、杏奈はより、ヨガに打ち込むようになった。
海の近くの芝生の生えた広場で、ヨガのイベントに参加した時。周囲の熱気が風に乗って伝わり、そのあたたかさに、ある感覚が蘇った。尾形に抱きしめられた時のあたたかさ、安らかさ、心地よさ。世にも幸せな感覚。
尾形に出会わなければと何度も思った。尾形を憎んだ。自分の人生は変わってしまったのに、何一つとして、変わっていない尾形を。
自分は何の影響も尾形に与えなかった。自分は、こんなにも影響を与えられてしまったのに。
汗に混じって涙が流れても、チャイルドポーズの間は、周囲にそれを見られなくて済む。その安心感に任せて、杏奈は顔をくしゃくしゃにして泣いた。そのことを、今も覚えている。
─それでも…
男らしく頼り甲斐がある尾形。誠実で優しい尾形。
尾形への思いを、どうやって手放していったら良いのか!別々の場所で生きていくなんて、いつになったら、それが平気になるのか…
─尾形さんと一緒にいたい。尾形さんが、好きなの。
杏奈は顔を両手で覆った。そのまま、自分の正直な気持ちを、ただそっと、認めていた。
次に誰か好きになるとすれば、尾形ほど仕事熱心でなくていいから、ずっとそばにいてくれる人がいい。時間を早送りしようだなんて、思わなくて済むように。だって、どの部分を切り取っても、その人がいるのだから。その時は、そう思っていた。
だが、しかし、どんなに月日が経って、色々な出来事を経ても、忘れ得ぬ存在はできた。気持ちが落ち込んだ時、怒った時、その存在を思い出して、優しさを忘れないようにするのだ。そうすればそれは、優しさとして、自分の中に留まり続けるだろう。
望み、望まれなかった。選び、選ばれなかった。それでも、あの男に縋りついていたこと…今思えば、ただ愚かだと思わなくもない。
それだけ、拠り所になる人やものごとが、自分にはなかったのだろう。だから一極集中しすぎたのだろう。
葉っぱを持ったまま、杏奈は右手を床に下ろした。顔を伏せ、目を閉じる。
杏奈は、歪んだ自分の人生を取り戻すために、アーユルヴェーダを羅針盤として使った。折しも、意識を逸らすために通っていたヨガのスクールで、その存在を知った。最初は、アーユルヴェーダなどという、馴染みもない異国の伝統医療に携わるつもりは毛頭なかった。
だが、ヨガがひと時の安らぎを与えてくれるという信頼はあり、そのヨガと姉妹科学であるというアーユルヴェーダが、妙に気になった。
杏奈はできる限りの手段でアーユルヴェーダを学んだ。本、オンライン講座、そして東京で開催されていた料理教室。
その頃から、あかつきの存在も知っていた。
あかつきの発信は、頻繁ではなかったが、毎回新しい学びと、心安らぐ言葉をくれるので、発信者である美津子という女性のことを、心の隅で気にするようになっていた。
様々な情報に触れる中で、アーユルヴェーダの知恵を反映させた料理に、杏奈はことのほか興味を覚えた。料理は昔から好きだった。そして、好きな男に料理を作って、喜ばせることが。
料理を通し、自分を大切にすることを学んだ。一時期、自暴自棄になって、自分をゴミ箱のようにみなしていた杏奈は、内なる消化の火を大切にするという、アーユルヴェーダの食事に関する知恵に、ゆっくりと惹かれていった。
─アグニと呼ばれる消化の火は、すべての消化に関わる。食べ物だけでなく、経験と、感情の消化にも。
偶然にも、アーユルヴェーダとは別ジャンルのオンライン料理教室の先生が、起業も教えている人であった。
杏奈は教室業をすることを決め、仕事を辞めた。尾形を感じる職場から、すみやかに立ち去るためだったかもしれない。
杏奈は住まいを変えた。
スリランカ料理店でバイトをし、その収入を生活の基盤とした。バイトは早朝から、夕刻まで。夕方からの時間を、教室準備などに宛てた。教室の開催は、バイトのない平日と、土日。休むことは考えなかった。
最初の頃、教室には順調に客足があった。ホームページを立ち上げ、SNSでの発信もまめにしていたからだろう。
しかし、一年足らずの間に学んだアーユルヴェーダの知識を、人に伝えるのは、無理があった。体験レッスンまではうまくいっていた。けれど、最初のコースレッスンに参加した人たちが、アーユルヴェーダをもともと深く学んでいた人たちだったのが、いけなかった。杏奈の話すことは、既知のこと。杏奈の浅い知識や、料理のテクニックなど、すぐに底が見えたのだろう。
─受講料を返してほしいくらいだわ。
ある生徒からそう言われた。
自暴自棄になると、杏奈はまた、滋養のない食べ物を食べた。一時の癒しを得るために、感情をごまかすために。
それからも、細々と教室を続けていた。自分のことや、教室を気に入ってくれている生徒もいたように思う。
スリランカ料理のレストランでは、思うように技術や知識を得られなかった。そこは勉強する場ではなく、働く場。雇い主の要望の通り、労働力や知恵を提供する場であったが、そこをはき違えていたのがいけなかったのかもしれない。技術や知恵を身に着ける機会がなく、ひたすらホールの仕事や、片付けが多いことに杏奈は不満を抱いた。コミュニケーションも積極的ではなく、生気のない杏奈の姿を見て、他の従業員や雇い主たちも、面白くなかっただろう。杏奈としては疲れ切っていて、もともと苦手な接客業を明るくこなす余裕がなかった。
退職後、初めて住民税の納付書が来た時には愕然とした。毎月かかる高い家賃。杏奈は余暇を削り、勉強と、仕事だけをした。経済的な怖れと将来への不安が、そうさせた。
SNSを見ていると、時々飛び込んでくる、古い友人や知り合いの誰々が結婚したとか、子供を産んだとかいう知らせ。結婚式への招待。
杏奈は古い人間関係のほとんどを、切った。
手の湿疹がひどくなったのは、仕事をやめてから半年を少し過ぎた頃である。レストランの仕事には慣れたが、教室業は廃れていた。仕事から帰るとくたくたで、アーユルヴェーダの食事どころか、パンと、カップスープを食べる日々。湿疹は、手だけでなく、肘にも、肩や首あたりにもできていた。腿にも、お腹にも。
財布の紐をきつく締めていた杏奈は、スーパーで半額になっていた鯖を買った。二切のうち一切れは冷凍した。その冷凍した一切れを解凍して食べた時、顔が火を噴くように熱くなり、腫れた。免疫力が下がっていた体に、鯖が当たったらしい。
見苦しい姿で職場には行けず、実家で一か月の間休養した。帰ってきた杏奈には、レストランに居場所がなくなっていた。もともと、杏奈を嫌っていた上の人間が、追い出そうとするかのように、オーナーの前で叱り立てたのである。
その時も、当時の住まいで、今と同じように膝を抱えて、これからの進路を考えた。そして今と同じように、あの男のことを考えていた。不安な時は、いつもあの男に頼ろうとする。
杏奈は尾形に連絡を取った。しかし…
─もう連絡しないでください。
そのやり取りがあったのは、杏奈が美津子に最初のコンタクトを取る、数日前のことだった。
─眠れない。
杏奈は、気鬱げに腕の中に突っ伏し、額を腕にすりつける。
記憶に思いを馳せてしまった。気分を切り替えるために、お茶でも飲むか、音楽を聴くか…
─…。
杏奈は棚からICレコーダーを拾い上げた。イヤホンを耳に当て、久しく聞いていなかった、美津子のガイド付き瞑想を聞く。
『頭の中心に意識を向けてください』
美津子の声。録音のため、少しくぐもって聞こえるが、聞きなれた、思慮深く穏やかな女性の声。
お守りに縋るように、この声に縋りながら、杏奈は再び布団に横になり、薄い掛け布団を抱きしめた。
尾形と別れたばかりの頃も、眠れぬ夜に、瞑想アプリをダウンロードして、見たこともない知らない人の声を聞きながら、眠りにつこうとしたものだ。
─いけない。
杏奈はまた意識が過去に飛ばないよう、美津子の声を聞き、導かれた場所に意識を向ける。
─私は、本当は何をしたいのか。
あかつきに住み込むということは、通勤時間がなく楽になるが、外の世界と遮断されるような気がする。それこそ、寺に修業に来たようなものだ。
アーユルヴェーダをもって、人を癒す力を得たいと望んだ。それは本心。けれど、だからといって、他の全てを切り離したいと思ったわけではない。
たとえば、杏奈の気がかりは…
─私はこの先、家族を持つことがあるのだろうか。
このような環境で、新しい出会いなどは望むべくもない。もし出会いがあったとしても、何事も習得せぬまま、誇るべき仕事もしないままに、自分を好きになってくれる人間などいるのだろうかと思う。
できれば、自分に自信をもってから、婚活に励みたいと思う。けれども、それはいったいあと何年先なのだろうと思うと、気が遠くなるようだった。
─人生の優先順位を考えてみて。
美津子の言葉を思い出す。
─はい。美津子さん…
杏奈は目を瞑る。
心の中では、答えは出ているのだ。自分に自信をつけることが第一だ。自己受容の後でなければ、何事も進まない。
─私は誰かの…心の消化を助けたい。
物理的な食べ物の消化もそうだが、何より心の─経験と感情の─消化を。それをもって、やっと、自分を認められる気がする。
─強くなりたい。変わりたい。
杏奈は眠ろうと努めた。
早く眠り、早く目覚めよう。そしてアーユルヴェーダの勉強に励み、実践を積み重ねよう。
それが今できる、ただ一つのことだ。
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