現代、様々な形で私たちは「依存」します。
アルコール、食べ物、SNS、パソコン……そして時には愛。
なぜ私たちは依存するのか。
依存から抜け出すために何をすれば良いのか。
4つのトピックに分けて考えていき、その理由を探っていきます。
なぜ依存について考えるのか
アーユルヴェーダの勉強の一環で、クレーシャと依存をトピックに議論する場がありました。
そこで、述べられていたことをいろいろ考えているうちに、小難しい、一般的にはやや胡散臭い感じのするこのテーマについて記事にしてみようと思ったのです。
依存について考えるのは、もちろん依存を乗り越えるためですが、なぜ依存を乗り越える必要があるのでしょうか?
私が直感的に思い浮かべた答えは「柔軟性を得るため」です。
柔軟性があると、まさに柳が強風にあおられてもしなやかにしなり折れないように、人生に荒風が立っても方向転換がたやすく、視野を広く保ち、困難を乗り越える過程でさえ楽しめると思います。
あなたは何に依存していますか?
本テーマに関わる記事全体を通して、依存を生み出すクレーシャ(煩悩)についていきたいのですが、まずその前に考えてほしいことがあります。
あなたが今依存していることは何ですか?
- 薬物(処方されている薬から薬物までの広い意味で)
- アルコール
- 食べ物
- 場所
- 愛(親、子供、恋人、パートナー、動物……)
- 仕事、成績
- 役職、地位
- スタイル
上記の中であてはまるものはありますか?
あまり該当しない項目があるかもしれません。
または、それ以外に思い当たる項目があるかと思います。
考えつくことができたら、次にこれらへの依存がもたらす弊害について考えてみましょう。
依存が生み出す弊害について
- 薬物、アルコールなどの中毒から抜け出せず、浪費する。中毒症状を起こす。
- 心身に支障を来す(糖尿病、高血圧、皮膚炎など)
- 次のステップへ移れない
- 相手と自分にとって幸せな選択ができない
- 自分本位な発想になり全体を見られない
- 自分がするべきことについて正しい判断ができない
- 精神的な豊かさの欠如
どうでしょう?
依存とその結果のつながりについて、ピンときましたでしょうか?
ここでは、ディテールについては述べずに、箇条書きに留めています。
詳しい例は、別の記事にて参照いただくことにして、まずはどういう意味なのか、少し考えてみてください。
一旦具体例について思い浮かべたら、次の記事で、教科書的な知識をインプットしていきましょう。